「でも私、直樹の大事なマグカップ割っちゃった」

私が思い出したように言うと、ぐいっと手を引っ張られた。その力に体を任せると彼の胸元にストンと収まる。
 
「そんなこと別にいいんだよ。確かにあれは大事にしてる物だったけど、梓の方が大事だから。俺の一番大事なものに傷でも残ったら大問題だ」
 
ポンポンと背中を撫でながら言われる。抱きつかれる姿勢になっていたので、私も彼の背中に手を回した。


「ねぇ、なんであのマグカップあんなに大事にしてたの?」

「んー? あれはほら、梓が初めてくれたプレゼントだから」

そうだっけ、と首を傾げると、直樹は優しく笑いながら頷いた。


「そっか、嬉しいな。でも、それなら尚更ごめん」
「いいよ。そんなことより手を洗って消毒しなきゃ。バイキン入っちゃうよ」

先に立った直樹の手が私に伸ばされる。
それに甘えて立ち上がると、なんだか擽ったい気持ちがした。

それは単に手を貸してもらえたからではなくて、直樹が私のことをどれだけ大切に思ってくれているかを知れたから。大切に思っているのが私だけではないと思えたから。