「母様これ美味しいですね」


「うん美味しいね。餡蜜っていうんだって。今度朔ちゃんも連れてこようね」


甘味処で輝夜おねだりの甘いものを頬張っていた息吹は、男というよりはどちらかと言えば線が細く女らしい中性的な面立ちの輝夜の顔を覗き込んだ。


「輝ちゃんはどっち似なのかな。父様は綺麗な顔してるけど男の人って感じだし」


「どちらにもなれるようにじゃないでしょうか」


「え?」


時々難しいことを言う輝夜に聞き返してみたものの、ただ微笑むだけでその答えを言わないことが多い。

不思議な生まれ方をしたため、何かおかしなことがあっても問い詰めないでおこうーー


主さまと息吹はそう約束し合っていた。


「それにしてもこれ美味しいね、輝ちゃ…輝ちゃん?」


少し目を離した隙に輝夜の姿が消えた。

こういうことは頻繁に起きるため、一緒に外出すると注意はしていたのだがーー


「やだ大変っ。輝ちゃん?」


「あの、息吹様…お坊ちゃんは橋の方に走って行かれましたよ」


甘味処の主人がそう教えてくれると息吹は頭を下げて輝夜を追いかける。

今まで何度も幽玄橋を一緒に渡って平安町の晴明の所へ遊びに行ってはいたものの、ひとりで行かせたことはない。

雪男が教育してくれていたためある程度放任主義な息吹だったが、何か予感はいつもしていた。


この子は早いうちに手元から離れるのではないか、と。


「輝ちゃん?」


幽玄橋の真ん中には山のように大きな赤鬼と青鬼が立っていて、ふたつの町を行き来できないように見張っていた。

息吹は赤子の頃にこの橋に捨てられて、この二匹の鬼に見つけられ、そして主さまの元に連れて行かれて育てられた。


「おお息吹。坊がひとりで走ってきたから驚いたぞ」


「ごめんね、あおとあか。輝ちゃん急に居なくなってどうしたの?」


輝夜が平安町の方をじっと見つめて黙っていた。


その優美な目に映っているのは何なのかーー

息吹ぐ手を引っ張っても輝夜はしばらくそこから動かなかった。