山姫は努めて冷静に雑務をこなしていた。

雪男は基本的には百鬼夜行の道程、戦略、主さまの相談役となり、自分は主さまの身の回りの世話をしていた。
だが息吹と夫婦になってからはほとんど息吹がやってくれるし、夫の晴明の元へ行く時間も増えた。

そもそも戦闘要員ではないので百鬼の契約を結んだ時、強さは求められなかったが――


「母様」


雑巾を手にぼうっとしていた山姫の元に息吹がやって来ると、慌てて手を動かして拭き掃除を再開した。


「なんだい?」


「母様…ちょっと一緒に座ってくれる?」


表情の曇る山姫が正面に座ると、息吹は強い口調で断言した。


「母様、私の母様はあなたです」


「息吹…ありがとうね。だけど無理しなくていいよ。あたしは…」


「母様はあなた。お母さんは私を生んでくれた人。私にはふたりともお母さんだよ」


…別に卑屈になっていたわけではない。

息吹の母が現れたと主さまから聞いた時、正直最初はとても複雑な気分になった。

どの面下げて会いに来たのかと口汚く心の中で罵って、母が現れたことを話しに来ない息吹に疑問を持ったのも確かだ。


自分は息吹を拾っただけ。

ただ、それだけの存在。


「息吹…あたしは子を持つつもりはなかったし、これからもそのつもりだよ。だからあんたを我が子のように育てることができて嬉しかったんだ。あんたは…あたしの子だよ」


言葉が震えてしまった。

すかさず息吹の手が伸びてぎゅっと抱きしめられると、ふたりで声を上げて泣いてしまった。


「母様が居てくれなかったら私は死んでたの。ずっと一緒に居て。お願い…」


もうこの屋敷に自分は要らないのでは、といつも最近考え続けていたが――

この子がここに居る限り、ここに居る。

こうして慕い続けてくれている限りは、ずっと。