‟渡り”の少女は三日三晩苦しみ続けた。

下弦はその間百鬼夜行を除いては始終傍について、側近や妻たちにいい顔をされなかったが、そこは黙殺した。


――息吹はふたりの様子を部屋の片隅でずっと見ていた。

時々記憶が欠けるようにして見えている光景が変わることはあったが、少女と下弦のふたりだけは常に視界に入り続けていた。


「うぅ、ん…」


「起きたかな。水をあげよう」


鳥の形をした水差しを口元に持っていくと、僅かに喉が動いて水分を取ったことで安心した下弦は、うっすら目を開けた少女に優しく笑いかけた。


「…!」


「ああ、怖がらなくていいよ。ええと僕は…そこそここの国では偉い立場に居るから君を傷つけたりしない」


「……」


言葉は通じているようだが、身を起こして警戒するように上目遣いで睨んでくる少女をもう少しだけゆっくり寝かせようと思った下弦は、取り乱す少女からすいっと目を逸らして立ち上がった。


「ここは安全な場所だ。君の身体が休まったら少しだけ話を聞かせてほしい。後は自分の国に帰れるように僕が力を貸すから」


「……」


…話さない。

口がきけないのか、きくつもりもないのか…判断しかけた下弦が腰を上げると――少女が口をぱくぱくと動かした。


‟ありがとう”。


確かに口がそう動いたため、下弦は遠野と共に部屋を出て廊下を歩きながら肩を竦めた。


「あの様子だと数日中には動けるようになるかもしれない。遠野、皆にはまだ存在を伏せているように」


「ですが…奥方たちはどうされますか」


「放っておけばいい。どうせ僕にはさして興味がないんだろうから。…まあ僕もないしね」


親が勝手にまとめた縁談であり、好いて一緒になった相手ではない。

無言で頭を下げた遠野と共に、その夜も百鬼夜行に出て今日は早めに戻ろうと思いながら、空を駆けた。