‟渡り”という妖とはまた違う生き物が時々この国へやって来ることは知っていたが、互いに不可侵の理念があるため厄介なことにならない限りは命を奪うことはない。


この少女が誰にやられたのか――何のためにやられたのか、知らなければいけない。


「遠野、この傷口に見覚えはあるか」


「…近接攻撃ではなさそうです。例えば火を噴く妖にやられたとか」


「同族だって言いたいのか?」


「その可能性はありますが、ですが私たちとて‟渡り”の方から攻撃を受けない限りは手を出さないはず」


ほぼ全身に傷を負い、か細い少女の身体は火傷まみれでおよそ助かりそうにはなかった。

――もし死んだとしても、その前に何故こういうことになったのか聞き出さなければ。


「遠野、できる限り薬草や上薬を用意して。できる限りのことはしてやろう」


「主さま…あなたほどの立場の方が‟渡り”に関わるのは危険です」


「分かってる。だけど僕の前で倒れたんだ。放ってはおけないだろう」


…下弦という現当主はとても優しく繊細で、そしてとても情に厚い。

百鬼夜行においては悪事を働く妖を手にかけることに対しても心を痛めては伏せることがある。

だがそういった役目の家に生まれたからには、なんとしても子をもうけて存続させていく必要がある。

だからこそ妻をふたり娶ったものの――未だ子に恵まれる気配はない。


「畏まりました。口の堅い百鬼たちに命じて探させましょう」


「うん、頼んだよ」


「う……っ」


少女が何かに向けて手を伸ばした。

指先は爛れて見るも無残だったが――下弦は迷いなくその手をそっと握って励ました。


「頑張れ…頑張れ…」


優しく声をかけ続けた。

見たこともない美しい金の髪に見惚れながら。