「いってきまーす」
返事が帰ってこないことは
わかってる。
でも、
もしかしたらって
もしかしたら昔みたいに
『いってらっしゃい』が
返ってくるかもしれないって
そう思うから
そう思っちゃうから。
あたしは何度でも
「いってきます」を
言い続ける。
あたしは鈴村 月(スズムラ ツキ)
今日から高校1年生。
ゆっくり、
ゆっくり
高校へ向かう。
今この景色を
目に焼き付けておきたいから。
もう、
戻ってこないかもしれないから。
実は、
あたしは来月引っ越す。
親戚の家に行くんだ。
1ヶ月だけ
ここにいさせてもらえるよう
頼み込んだんだ。
お母さんとお父さんとの
思い出が詰まったこの町に。
「月!」
後ろから親友の美優がとびついてきた
美優には引っ越しのことは
言えてない。
言わなきゃなのに。
言えない。
なにも変わらない
生活を
最後の1ヶ月間したいから。
あたしのわがままだけど
お願い…
「やったー!
月、一緒のクラスだよ!」
え、
いつの間にか
クラス表の前にきていた。
「あ、やったね!」
あたしは美優と喜んだ。
「き、緊張するね」
あたしと美優は
ドアの前で突っ立っていた。
「邪魔」
すると、後ろから
低い声が聞こえてきた。
「ご、ごめんなさい!」
あたしと美優は
急いで飛び退いた。
うそー、
あんな人が同じクラスにいるの?
この先不安だよ…
う、ウソ……
そんな……
隣には
さっきの怖い人。
隣の席なんて!
命がもたないよ!
あたしは机に突っ伏した。
上からは美優の
ドンマイという声が
聞こえてくる。
「おい」
ひっ
横から声が聞こえてくる。
おそるおそる横を見ると
怖い人があたしを見つめていた。
「な、なんでしょう…」
「お前、名前は?」
あたしの名前?
そんなの気になるの?
なんで?
「鈴村…」
「下の名前」
こ、こわいーーー!!!
もーやだよー
あたしの名前なんか
どーでもいいじゃん…
「月…です」
敬語になっちゃうよー
「月…ね。
俺は龍雅だ。
龍雅と呼べ。」
この人のことを呼び捨てにすんの!?
ムリ×ムゲン
あたしは困った。
「龍雅ってよべ。
返事は?」
「は、はい。龍雅…さん」
さん付けが精一杯。
「さんはいらねえ」
い、威圧が…
「龍雅」
龍雅はクスッと笑って
「おう」
と言った。
笑うと案外いいじゃん。
あたしは不覚にもきゅんとした。
「今日の放課後屋上にこい」
え、
屋上?
あたしどーなっちゃうの!?