「失礼します」

「あぁ、用件はなんだ?
 俺は忙しいんだ。

 俺たちはまだ戦える。
 勝っちゃんには、まだ夢を一緒に見続けてもらわねぇといけねぇんだ。

 俺が……50人くらいの精鋭を連れて、撃って出る。
 その間に、勝っちゃんが逃げる時間くらい稼げるはずなんだ。

 会津に行けば、勝機はある。
 あるんだ……。

 なのに、あの馬鹿野郎は……」

そう言いながら、紙に何かを筆で描いていたものをぐちゃぐちゃに丸めながら、
机を両拳でバンっと叩いた。

「近藤さんは……疲れたと私に話してくれました。
 そして、今こそが命の使い道だと……。

 土方さんに質問があります。

 新選組の副長として、一隊士と捉えた今の近藤さんに、
 土方さんが出来ることはなんですか?」


私の問いかけに、土方さんは一瞬キツク睨みつけながら、
精神を安定させるためか、深呼吸をして、私の傍で胡坐をかいた。


「おいっ、山波。
 勝っちゃんを一隊士と一緒に出来るわけないだろう」

「出来るわけないじゃなくて、やって貰わないといけないんです。
 土方さんは、近藤さんのことになったら自分を見失いかけます。

 私が山南さんのことや、山崎さんのことで、自分を見失いかけた時、
 いつも陰から助けてくださいました。

 泣く子も黙る新選組の鬼の副長に、物申すことが出来るのが、
 今の私の他に何処にいるって言うの?

 目を覚ましてください。
 副長」


そう……副長が道に迷っちゃいけないの。

そうでしょう?
丞。

貴方がずっと命を懸けて支え続けてきた副長が、
道に迷うなんていけないの。

土方さんの道は、どんなにキツくても辛くても、
誠のままに続く、まっすぐな士道でしかないの。


「山波……、いつの間にか、強くなったんだな。
 お前は……」

そう言って土方さんは溜息と共に吐き出すと、
ゆっくりと背筋を伸ばした。

私もそれに習って背筋を伸ばす。


「周囲を囲むのは、新政府軍先方隊・香川敬三が率いる部隊だと言う情報だ。
 それを受けて、俺と勝っちゃんは『死』を覚悟した。

 戦いを進言した俺に向かって、勝っちゃんは山波が告げたように、疲れたと話したよ。

 疲れた。
 その言葉を持って闘志を隠したものは、士道に背いたことと同じ。

 武士らしく、潔くその罪を認めさせて勝っちゃんを切腹させ、俺も後を追おうと思った。
 だが俺たちを二人を失った隊はどうなるだろう?

 そう思うと得策ではない気がした。
 ならば……戦うしかない……と。

 だが今、頭を冷やして思い返してみれば、勝っちゃんの望み通り、
 新政府軍に出頭させる。
 それも一計だと思えるようになった」

「ふふっ。
 ちゃんと通じ合ってる。

 土方さんの気持ちを正面から、近藤さんにぶつけてきたら?
 明日になったら、近藤さんは出頭する。

 もう時間は残されてないよ」


私はそう言って、土方さんの背中を押す。



ねぇ、山南さん……丞。


違えようとしてた心を繋げるには、
これで良かったんだよね……。


山南さんの羽織の布切れが包まれたお守り袋と、
そして丞がくれた簪に手を触れて、話しかけた。



翌朝、朝餉の支度をして届けた近藤さんの部屋では、
語り合う二人の姿があった。



土方さんの洋服には近藤さんの羽織で作られた誠の文字のお守りが、
針で洋服に縫い留められていた。




その日、近藤さんは大久保大和として新政府軍へと出頭した。
自身の役割を果たすために。