だけどそんな時間も長くは続かなかった。

村人たちの手厚い持て成しが仇となったのか私たちがいる屯所の周囲を、
ぐるりと新政府軍たちに囲まれてしまった。


そんな現状を受けて今は近藤さんと土方さんが、
何やら今後の歩くべく道を話し合っているみたいだった。


「こっ……えっと、大久保さん、なっ内藤さん、
 お茶をお持ちしました。山波です」っと、
読みなれない名を紡いで部屋の外から声をかける。

すると「馬鹿野郎」っと言う声と共に、
襖が勢いよく開かれて、土方さんが大股でその部屋から飛び出していく。


「山波君、入ってください」


土方さんが出て行った後、近藤さんは私を部屋の中に招き入れてくれる。


「えっ、あっっ。はいっ。失礼します」

おおよそ返事らしくない返事をして、
一礼して立ち上がると近藤さんの前に歩み出て、
正座すると、ゆっくりとお茶が注がれた湯呑を手渡した。

「山波君、いつもすまないね」

「いえっ。
 今、土方さんが怒って出て行かれたような気がするのですが、
 何かあったのでしょうか?」

私も思ったままの疑問を投げかける。


「山波君。
 今の私は近藤勇ではなく、大久保大和だ。
 旗本、大久保大和として敵陣へ一人で話し合いに赴こうと思ってる。

 今、それを歳に告げた。
 そしたら、あのざまだ」


そう言って、近藤さんは溜息を吐き出して項垂れた。


「近藤さん、一つ伺っても宜しいですか?
 先に会津に向かわれた、永倉さんと原田さんが靖兵隊を結成した際、
 近藤さんを長として迎える準備をしていたと聞いています。

 でも近藤さんは、同意しなかった。
 永倉さんや原田さんが目指す未来も、近藤さんや土方さんが目指す未来も
 同じように未来では交わっている気がするんです。

 だけど今は分かたれてる。
 お互い同じ想いを抱きながら、行動が分かたれる時って、
 絶対に何か、大きな理由があると思うんです」

「山波君の言う通り、私たちが目指す誠は交わるものであると私も信じて疑わない。
 だが今の永倉君と原田君を突き動かすのは、官軍に一矢報いたい。
 その思いが強いだろう。

 だが上様は……、慶喜公の思いは違うのだ。
 慶喜公は容保公と決別された故に、会津にはもたらされておらぬと思うが、
 慶喜公は私たちに命じられた。

 『錦の御旗を持つ新政府軍とは戦うな。
  新政府軍と戦うは、主君である私に刃を向けたことと同じとする』と。

 だから私は、主君への忠義のあかしとして、戦を仕掛けることは出来ない」

絞り出すように告げられた、此処に来てもまだ大坂城で逃げ出した慶喜公の言葉が、
近藤さんを縛り付けてるなんて驚いた。


「近藤さん、それは土方さんやほかの隊士の人たちは知ってるんですか?」

「いやっ。
 今、それを知るものは私の他には山波君。君だけだ。
 本当は墓場まで一人で持っていく予定だったんだが、
 どうしてだろうな。

 今の山波君が山南さんと重なってしまって、気が付いたら吐き出してしまっていた」

そう告げると、近藤さんはゆっくりとお茶をすすった。


「教えてください。
 一人で抱え込まずに、思っている胸の内を」

すると近藤さんからは、思いもかけない言葉が返ってきた。



「私はもう疲れてしまったんだ。
 慶喜公のお言葉を隠れ蓑にしているだけなのかもしれないな」


そう言うと近藤さんは手にしていた湯呑を畳において、
羽織を脱ぐと、ゆっくりと古傷に触れるように着物から片腕を抜いた。