「加賀、こんなところにいたのか?」

その声の主に気が付いて、私はゆっくりと後ろに振り返った。

「その傷……斎藤さんも」
「大げさなんだ、ここの奴らは」

そう言って、溜息を吐き出して私のほうへと近づいてきた。

「加賀は何をしていた?」

「あぁ、制服ズタボロだなぁーって」
斎藤さんに言われて私は慌てて、おどける様に返答する。

「制服?」

「そう。制服。この着物の中で身に着けてる洋服のことね。
 この服は、学校。学び舎に勉強に行くための指定の服なの。

 私にとっては大切な服なんだけど、戦いで、ぐちゃぐちゃになっちゃった……」


ぐちゃぐちゃになっちゃった……。

そこまで言葉を吐き出すと、ずっとどこか別の世界のような気がしていた感覚が、
リアルな現実へと重なって、私の体は無意識に震えだした。


やばいっ。

震えるな体。
震えるな私。

知ってたじゃない?

私の中にいる、もう一人の舞が巻き込んだ今回のタイムワープ。


瑠花は向こうの世界へと帰せた。
後は、花桜を向こうの世界へと帰せることが出来たら……。

その為には、私は立ち止まってなんていられないし、
もう一人の舞の罪を、ちゃんと償わないといけない。

そんな風に思ってるのに、こんなところで泣いてる場合じゃないのに。

どれだけ自分に言い聞かせようとしても、その震えが自分自身でとまることはなかった。



そんな私を震えが少しずつとまったのは、ふわっと抱きしめられる温もりを感じた時。


「斎藤さん」

私がその名を呼ぶと同時に、もう一人の舞が『一(はじめ)さん』っとその名をつぶやく声が響いた。


「少しは加賀自身を許してやれ」


斎藤さんは優しく紡ぐ。
たった、それだけの言葉に今の私がどれだけ癒されるか、
この人は知ってるのだろうか?

もう一人の舞の心があるから、
私はこの人にこんなにも惹かれるのだろうか?


ただ……一つだけ言えるのは、どんな時でも、
私が壁にぶつかっているときは、あらわれて手を貸してくれていた。

それだけは変わらない。


私を後ろから抱きとめる腕を指先で辿って、
手当された真っ白な包帯を包み込むように柔らかく両手で触れる。
 

「この傷は大切な宝物を守った証なんですよね……。
 斎藤さんは、この先の辿る未来を知っている?

 って、私……何言ってるんだろう。
 知ってるはずなんてないのに……」

「加賀、この先の未来……俺自身にどんな運命(さだめ)が広がっていようと、
 俺は俺の誠を貫き続ける。
 その思いは何一つ変わることはない。

 ただ……その片隅で、加賀一人抱えるくらいはしてやる。
 お前が抱えるものも、辛くなったら預けろ。

 一人で泣くな」


そうやって優しい言葉をかけられると、
自分の罪を忘れて、何も知らなかった時のように、涙が溢れ続ける。

止めることなく溢れ続けた涙と共に、
私は、その腕の中で眠り落ちてしまったみたいだった。