「鳥羽伏見での戦いが始まりました」

「鳥羽伏見で?」

「伏見奉行所の物見櫓に砲弾が撃ち込まれて、戦いが始まったみたいです」

「戦いは?」

「土方さんが率いる部隊は優勢」

「……良かった……」




だけどその後、今……この瞬間にも敗北の歴史が幕を開けてるかも知れない。




ずっと美味しいご飯を一緒に作ってくれてた井上さんの最期が、
花桜が大好きな山崎さんの最期が近づいてる。



だけど今、目の前で見知らぬ土地で不安と向き合いながら、
結核の闘病を続けている総司に、これから起こる歴史を告げるなんて出来なかった。




総司が再び窓越しから見つめる空を私も隣に座って見つめ続ける。



ふいに病室のドアが開けられる。



「敬里、経過は順調そうで良かったよ。
 予定より少し早く、この部屋から出られるかも知れないね。

 さて、面会時間が終わりそうじゃ。
 瑠花さん帰ろうか」



そう言ってお祖父さんの言葉を合図に私も総司が居る病室を後にした。
その帰り道、私は同じ病院の先生の元へと連れられ接触者検診を受けた。





「瑠花さんもいろいろと心労が募るな」

「それは、お二人もそうだと思います。
 映像を見てるだけしか出来ない辛さ。

 今日少しだけしか体験しませんでしたが、
 本当に見守る辛さを実感しました。

 明日もお邪魔していいですか?」

「あぁ、わしらは構わんよ。
 ただ……わしから、瑠花さんに一つだけ頼んでもいいかな」

「はい」

「今は難しいかも知れんが、一人、この世界に帰ってきてしまったことを責めないで欲しいんじゃ。
 瑠花さんがこの世界に戻ることは、多分、花桜も望んだことじゃて思うから。

 瑠花さんは、責めずにこの時代に生きるものとして、精一杯の自分らしい未来を歩き始めて欲しい。
 そして何時か孫が帰って来た時には、その夢を叶えた成長した瑠花さんで迎え入れてやって欲しい。

 敬里のことは心配せんでええ。
 向こうに居るあやつも、ここにいる敬里も、わしらがきっちりと見守ることに決めた。

 無論、瑠花さんと敬里の関係についても承知済みだ。
 瑠花さんの時間の合間に、話し相手に来てもらえるとあやつも喜ぶだろう」



そう言って、お祖父さんは私に自分の道を歩き出すように背中を押してくれた。




花桜も頑張ってる。
だからこそ、帰ってきた私も、この世界でも精一杯頑張らないといけないのだと気づかされた大切な日。





家の前で到着したタクシーを降りて花桜のお祖父さんを見送った後、
私は家の中に入ってママに医学部を今から目指そうと思っていることを告げた。



ママは私が決めた未来絵図を喜んでくれた。




私が大きく一歩を踏み出した時、幕末ではまた大きな悲しみが訪れようとしていた。