「もうすぐ着くよ。
 今、駄菓子屋さんの前を歩いてる」


そう話すと同時に、
パパが歩いて近づいてくるシルエットを感じる。



「瑠花、お帰りなさい」


パパは、
そう言って私を抱きしめる。



「瑠花さんや、ほら、こんなに体を冷やして。
 さぁ、どうぞ中へ。


 ばあさんが生姜湯を作ってくれてる」


花桜のお祖父さまは、
優しく私たちを迎え入れてくれた。


「まぁまぁ、瑠花さん、お帰りなさい。
 岩倉さんも、どうぞ上がってくださいませね」
 

そう言って、お祖母さまも私たちを迎え入れてくれた。




「鏡の部屋へお邪魔していいですか?」

「えぇ。
 いいですとも……、っと言っても花桜は何処にいるのやら。
 
 花桜は土方さんと雪の中を歩き続けてますわね。
 舞さんは、会津戦争へと身を投じるみたいですね」



そう言って、お祖母さまは私に鏡の中の出来事を教えてくれた。
 

鏡の部屋へと向かう途中、仏間らしき部屋が開いていて、
その部屋の一角には、遺影ともとれる敬里の写真が額に入れて飾られていて、
その前には綺麗な花が飾られていた。

ふと、足を止めて立ち止まる。



「もしかして……」


「えぇ、敬里を供養するためです。
 
 敬里として今も、あの子は頑張っています。
 ですが……時代は離れてしまっても、
 誰にも見送られることがなくても、あの場所で旅立ったあの子は、
 敬里には変わりないですから。

 せめて、私たちだけでも遠く離れたこの世界から、
 あの子を供養したいと思ったのですよ」



そう言って紡ぐ、お祖母さまの声に
私は言葉が刃となって突き刺さってくるのを感じた。



「私も手を合わせていいですか?」

「えぇ、手を合わせてやってちょうだい」




当たり障りのない会話をしながら、
私は自分自身がどうして
こんなことをしているのかわからないでいた。


私は敬里に手を合わせながら、
何を話せばいいんだろう。




ごめんなさい?

どうして?

私の罪を許して?




謝って許される話じゃない。

どうしてって疑問を抱いても、
現実は何も変わらない。


私の罪を許して?
それはあまりにも自己中心的。



祈る言葉も見つからないままに、
写真の前で手だけをあわせる。



そして真っすぐに見つめた先、
少しずつ変わりゆく写真の異変に気が付く。


額の中に入っているのは、
藤宮の入学式に校門の前で撮影された写真だと思う。


その写真に映っていたのは確かに山波敬里として、
この世に生を受けて幕末で旅だった敬里だと思うのに、
その写真は、ゆっくりと総司の写真へと歪められながら書き換えられているように感じた。


遺影だと感じたそれが敬里ではなく、総司のもののような錯覚が包み込んで、
私は思わず怖くなって、その額を手に取って畳にたたきつけようとさえ感じていた。



「瑠花っ!!」


そんな異変に気か付いたパパは、
慌てて私の手からその額を手に取って、
私を落ち着かせる。



何度も何度もパパが私の名前を呼ぶ声が聞きながら、
私の時間が墜ちていくのを感じていた。


真っ暗な闇の時間へと、引きずり込まれていた。







苦しいのは私じゃない。




総司の苦しさは私のものじゃない。


舞や花桜の苦しさも、
私のものじゃない。




こんなの苦しさのうちには入らない。




私は大丈夫。




悲しみの心も苦しみの心も、
舞や花桜、総司の背負うものとは比べ物には
ならないもの。



今は私が現代で踏ん張るの。



総司を連れてきたことに後悔はしていない。

そのために、敬里を私が殺した罪があるなら、
その十字架は私が一生涯、背負い続ける覚悟を持つ必要があるものだから。




だからこそ……。






今は私は、立ち止まることなんて出来ないの。