「短かい時間だったが、敬里との時間を
 過ごせたことはよかった」


そう切り出された言葉に、私は大阪での斎藤さんの言葉を
思い出した。



『敬里に会えるとは思わなかった』



「斎藤さん……。

 前からずっと聞きたかった。
 斎藤さんは何処まで知っているんですか?

 何か私に隠したままのことはありますか?」


そう切り出した私に、
斎藤さんは懐からずっと肌身果たさず持ち続けていたのだろうか。

ボロボロに劣化した変色した紙をお守り袋の中から取り出した。


手渡されたそれを、恐る恐る開くと、その中には懐かしい嘉賀舞ちゃんの名前があった。

それ以外は、もう墨が滲んで手紙の内容を追いかけることは出来なかったけど、
その手紙は紛れもなくその場所に存在していることだけは確かだった。



「斎藤さんは、嘉賀舞と言う人を御存じなのですか?」


核心に触れる問としりながら、問わずには居られない私自身。



「あぁ。加賀、お前と同じ韻を踏む名のもう一人の少女を俺は知っている。
 その人は、その手紙の持ち主で俺が愛した人。

 だが彼女は俺の前から姿を消した。
 時を経て……再び運命の輪が巡り巡ったとき、
 愛した少女との記憶を持ったまま俺は加賀と出会った。


 加賀と少女を幾度となく重ねた時間もあった。
 少女との時間を埋めるように、加賀との時間を過ごし求めた時もあった。

 だが今では良くわかる。
 加賀と俺自身が愛した少女とは別人だと。

 少女の記憶をどれほどに抱こうとも、加賀は俺が愛した舞ではないことを知っている。

 だが……舞の望みによって巻き込まれた存在であれば、
 俺自身が精一杯介入して手助けをしたいと思ったのも事実。

 そんな折、俺は敬里の存在を知った。
 俺と舞の赤子が、総司としてこの世界に存在を許された現実。

 敬里もまた舞の文を抱いて、俺の元に来た。
 大坂でその事実を知ったとき、絶句したとともに喜びも感じた。

 そして背負わされた運命の意味も感じた。

 加賀、敬里は沖田総司として旅立ったわけじゃない。

 最後は斎藤敬里としてでもなく、山波敬里として運命に流されるわけじゃなく
 アイツ自身の意思で旅立つ時を選択した。

 そんな敬里を俺は褒めてやりたい。
 だから……加賀自身も、敬里の死に罪悪感を抱く必要はない。
 
 どんな形ででも、舞の血を繋ぐ存在に逢えた。
 その現実に感謝している。


 ありがとう」




斎藤さんが紡いだ、有難うの五文字に私は膝から崩れ落ちながら
涙が止まらなくなるのを感じていた。




ずっと私が抱き続けていた罪悪感。

話すことが出来なくても、
傍で寄り添ってくれていた存在の大きさに気が付く。




最期は……運命にあがらうように、
沖田総司でもなく、斎藤敬里でもなく、山波敬里として旅立ったアイツ。



斎藤さんの、その言葉に少しだけ、
心が軽くなった気がした。




山波敬里として旅立ったアイツなら、
幼い頃からずっと私が知ってたアイツだから。


花桜と三人で一緒に、竹刀を振り続けたアイツだから。


アイツが追いかけていた視線は、幼稚園から中学生の頃までは
花桜だとばかり思ってた。 


高校受験で私が受けた藤宮学園の受験を一緒にした時、
合格発表の会場で最初に告白された。


それ以来、アイツの存在を意識しながらも、
ずっと気が付かないフリをして過ごしてきた。



だけど……ようやく気が付けたよ。
貴方がいなくなって初めて。


心の中が空っぽになってしまった私に……。


もっと早く、素直になればよかったね。
敬里。



もう少し、向こうで待ってて。

もう少し……後少し、
頑張ったら私もその場所へ辿り着くから。



この物語の結末を見届ける強さを、
私にわけて……。




花桜だけは、私の命にかえても……
私たちの大切な場所へと送り届けるから。





舞ちゃんの存在を抱きながら、
斎藤さんと言う仲間を信じ、敬里と言うパートナーの力を借りて
もう少しこの世界を精一杯生き抜こう。


舞ちゃんの後悔が、少しでも上書きされるように……。