「土方さん、山波です。
斎藤さんと行動を共にしていた舞が参りました」
「入れ」
中から声が聞こえると、ゆっくりと襖に手をかけて開く。
相変わらず土方さんは机に広げた地図を見つめていたようだった。
「加賀舞入ります」
舞が入った後ろ、
敬里はただ静かについてはいってお辞儀をした。
「今日は土方さんに大切なものをお渡ししたく参りました。
斎藤さんと行動を共にして居る最中、
近藤さんの訃報が斎藤さんの元に届きました。
そして京に近藤さんの首がさらされると言う知らせが届いたとき、
斎藤さんは自ら京へ出掛けようとなさいました。
その大切なお役目を私と、こちらに控える敬里が代行させていただきました」
そう言うと舞は懐の中から大切そうに、
布袋を掴んで土方さんの前へと差し出す。
差し出された巾着に視線を向ける土方さん。
「それは?」
「近藤さんの遺髪でございます。
斎藤さんの命を受けて私たちが三条河原についた時、
すでに近藤さんはその場所にはいませんでした。
今日でお会いした、近藤さんの従兄弟と名乗る金太郎さんと共に、
その後も行方と手がかりを探しました。
斎藤さんよりお預かりした文を誓願寺のご住職に見て頂いたとき、
近藤さんがこちらに埋葬されたことを知りました。
埋葬場所は住職さまの胸の内で、私たちが知ることはありませんでしたが、
その時に、住職が切り分けてくださっていた遺髪を頂いてまいりました」
舞はそう言って再び巾着に手をかけて、
土方さんの方へと向けた。
「……そうか……。
加賀、遠路ご苦労。
今日は、ゆっくりとしてくれ。
山波、宿の女将を」
土方さんに言われるままに女将さんを呼ぶと、
舞と敬里がこの旅館で休めるようにと取り計らってくれた。
二人が女将さんに連れられて部屋を出ていった後も、
私は傍に控える。
「……かっちゃん……」
絞り出すように微かな声で、
近藤さんの名前を呟いた土方さんは、
「朝まで一人にしてくれ」と私に告げて、
巾着から取り出した遺髪に触れながら肩を震わせていた。
私は静かにお辞儀をして、土方さんの部屋を離れると、
久しぶりに、舞や敬里と三人で楽しい時間を過ごした。
翌朝、土方さんの部屋へと向かうと、
いつもと変わらない素振りで、土方さんはそこに存在していた。
そして朝餉の後、友をつけることを拒んで、
何処かへと一人で出掛けて行った。
戻ってきた後、私たちは容保公が許してくださったその場所に、
近藤さんの遺髪を静かに埋葬した。
それは土方さんにとって、また一つの区切りとなったようで、
前線復帰に向けて本格的に動き始めるきっかけとなった。
今も尚、前線での小競り合いは続き、
白河奪還作戦は敗北を繰り返しながら続いていた。