「新八、少しここを任せていいか?
裏門に長州兵が潜んでいるみたいだ。
ちょっくら俺が出て行って斬りこんでくる。
すぐに表からもお客さんが来るだろう。
新八にはそっちの統制を任せた」
「おぉ、歳さん」
「原田、お前は俺と一緒に来い。
山波、お前は前線には出過ぎず俺たちの手助けをしろ。
負傷者が出たら任せる」
「はっ、はい」
「お前たち、行くぞ。
斬って、斬って、斬りまくれー」
土方さんの声が隊士たちを奮い立たせると、
そのまま裏門から駆け出して、すぐさまに戦いが始まる。
私も前に出過ぎないように距離をはかりながら、
向かってくる敵に向かって沖影を抜いて構える。
すると私の頬を何かが掠める。
慌てて頬を撫でると、銃弾が少し掠めたのか頬から血が流れ落ちていた。
これが……戦い。
命のやり取り。
ちゃんと、ちゃんと受け止めて向き合わないと。
再び、剣を握る手に力を込める。
来るっ。
殺【や】られる前に、殺【や】らなきゃ。
生唾をごくりと飲み込んで、まっすぐに相手と向き直ると、
タイミングを図るように、じっと息を潜めた。
「山波、後ろっ!!」
その声が聞こえると同時に、刃を振るう。
その直後、確実に肉を断つ音が聞こえた。
「どうした?
何時から油断できるほど強くなったんだ?」
「油断なんてしてません。
私一人でも……」
売り言葉に買い言葉で強がって言い切ってみたものの、
実戦なんてまだ数えるばかり。
幾ら隊士たちと一緒に巡察に出掛けられたとしても、
いつも……守られてたから。
「おぉ、それだけ言い返せりゃ十分だな。
山波、引き続き神経張り詰めとけ」
「歳さん、終わったぜ」
土方さんとそんなやり取りをしている間に、
裏門の戦いは決着がついたようで原田さんは隊士たちを引き連れて戻ってくる。
「長州の奴等は兵をひいたぜ」
「左之、屯所内に戻って人数を確認。
その後、表の状況を見極める」
「あぁ、ざっと見たところ半数くらいになっちまったな」
「お前たち、ご苦労であった。
生き残ったもんは、すぐさま表の援護にまわる。
ついてこい」
「はいっ」
隊士たちは威勢よく、自分自身を鼓舞するように大きく返事をすると、
すぐに裏門から中へと戻って表門へと急ぐ。
そんな隊列の中を私も、表門へと急いだ。
表門は会津兵と一緒に戦っていたものの、新式銃の威力はすさまじく目に傷を負ったもの、
肩を撃ち抜かれたもの、足を撃たれて動けなくなった者たちが多く存在した。
それぞれに白布を負傷したところへと痛々しく巻いてある姿が視界に映る。
「思った通りか……。
このまま此処にへばり付いても勝ち目はねぇ。
このまま俺たちは通用門から市街地を抜けて、敵陣の背後をとる。
動けるものは続けっ」
その声にこたえるかのように、次から次へと動ける隊士たちは土方さんと飛び出した。
「進めぇ、新選組は、前へっ!!前へ」
何度も何度も、奮い立たすように言い続ける土方さんの声は、
やがて隊士たち全体に広がっていく。
「進め、進め、新選組」
「前へ、前へ、新選組」
民家の合間に身を潜めて銃口を向ける長州兵たちを見つけては、
血のりで、切れ味が落ちてきている刀を相手の首筋に押し付けるように斬りつけながら、
隊士たちは駆け続けた。
途端、今度は市街地の民家が砲火で焼かれ始める。
敵陣である御香宮で白兵戦の乗り込んで戦い続ける。
薩摩軍は勢いに圧されるように、一度退き始める。
新選組が戦った伏見戦は勝てるように思われたものの、
鳥羽戦は形勢不利の状態が続いていたようで、土方さんの元には中書島【ちゅうしょじま=京都市伏見区の地名】までの
撤退命令が届いた。
その途端、「この、戯けたことを!!」っと土方さんは悔しそうに声を荒げる。
隊士たちは三分の一へと減ってしまっていた。
翌朝、霧深い中、堀川に集結した新選組と会津兵は伏見奪回を掲げて、
辿り着くはずの洋式銃の到着を待った。
だが銃は届かず、敵方から砲弾が浴びせられる。
川を挟んでいるが故に、斬りこむことは不可能で「決戦は大坂城」を合言葉に叫びながら、
伏見から退いていくしか方法はなかった。
戦開始から、三日・四日と日を重ねて行くにつれて、
銃火器を持たず、予備兵もいない新選組は不利になるのは明らかだった。
それでも隊士たちは未来を掴みとろうと戦い続ける。