そうやって『死にゆく人』と知りながらも、
こうして傷を治して、戦場へと再び送り出すことへの葛藤。

だけど京に来て、沢山の人と触れて経験して、
私なんてこの世界の中に、ごくごく小さな存在なのだと思い知らされた。


だから私が今、ここで土方さんの身の回りの世話を放棄したところで、
土方さんは、傷口を治して戦場へと戻る歴史の流れが変化することはない。

それは確実だと思えるから、今の私は少しでも蚊帳の外ではなく、
ずっと一緒にここでの生活を支えてくれた仲間の力になりたい。


ただ……それだけなんだ。


そんな思いを心の奥に隠したまま、
私は深呼吸をして再び土方さんの元へ、
今度は湯治に行く支度をして声をかける。


清水屋旅館に来たばかりの頃は、
自身で歩いて温泉まで療養に行くことすら難しかったのに、
治療のかいあって、今はあれほど続いた高熱も下がり、
今では自分で杖をつけば少しずつ歩けるようになっていた。


そんな土方さんの回復を見て松本先生が提案したのは、
リハビリを兼ねて清水屋旅館から温泉までゆっくりと自身の足で移動して、
お湯につかり、そしてまた旅館へと戻ってくるのを日課にすること。


「今日も湯治に行く頃ですよ。
 支度は出来ています」


「すまない」


ゆっくりと体制を整えながら立ち上ろうとする土方さんだけど、
まだ足の傷の加減で立ち上がる際の踏ん張りがきかないのは感じてとれるので、
さり気なく介助の手を添えて支える。

土方さんが立ち上がったを見届けると杖を手渡した。

その後は杖に重心をのせながら、
一歩一歩ゆっくりと踏み出し始める。


いつもの道のりを一歩一歩踏み出しながら前進するたびに、
額から滲み出す汗。


時折、休憩をはさみながら湯治場所まで辿り着くと、
そこで源泉が流れ込む川の中へと移動する。



「お疲れ様です。
 先に水分補給をしてください」


筒に入ったお水を手渡すと、
コップ一杯ほどの量の水を飲み干した後、
土方さんはいつものように温泉へと入っていった。


その間、私は同じ源泉が流れでる岩の陰で腰を下ろして、
同じようにコップ一杯ほとの水分を口に含んだ後、
足湯を楽しむように、足だけお湯の中へとつける。


少し温めのお湯に足をつけながら、
川のせせらぎに意識を向ける。



ホッとする……。


そんなことを想いながら、
現代に戻っているかもしれない瑠花に想いをはせてみたり、
今も何処かで頑張ってる舞や敬里の無事を祈る。


私たちの時代、現代での当たり前の生活が当たり前ではないことを知った私。
今の私たちの生活は、過去の歴史の中で精一杯生きていたはずの人たちの、
犠牲の上で繋がっているのもなのだと強く実感した。



足湯の僅かな温もりを感じて、川のせせらぎを聴きながら、
空を見上げる時間は、私にとって凄く優しい時間だった。