「もしもし」

「瑠花、21時にそちらの家にパパが迎えに行くよ。
 それまでに今、瑠花がやるべきことをしなさい。

 ママのことは心配しないでいいよ。
 パパは瑠花のことを信じているからね」


そういって電話はプツリと切れた。


ずっと握りしめたままの受話器を総司が受け取って、
黒電話へと戻してくれる。

その後、敬丞さんと名前になった山崎さんや総司たちと一緒に、
晩御飯を食べる。


総司はそのまま、道場へと移動して必死に木刀をふって時間を過ごす。
山崎さんもその傍で、総司の真似をするように木刀を手にしていた。

そんな二人を見つめるお祖父さまの視線。

私はそんな三人を見つめたり、鏡の部屋へと向かったりと、
何度となく往復をしながら迎えに来るまでの時間を過ごし続けた。


約束の時間。
チャイムが鳴り響く家の中。


帰宅の準備をして出向いた玄関には、手土産を持ったパパの姿があった。


パパは練習胴着を身に着けたままの総司や山崎さんの姿を見て、
声をかけしているみたいだった。


「瑠花、準備は出来たかい?」


その声には私は小さく頷くとパパの方へと向かった。



「それでは、山波さん。
 瑠花がお世話になりました。

 娘はこの場所が居心地良いのでしょう。
 またこちらに来た時は、どうぞ宜しくお願いします。

 敬里君、敬丞君、体調が悪くなったら何時でも連絡くださいね。
 瑠花を通していただいてもかまいませんし、私個人に連絡をくださってもかまいません。

 こちらは私の連絡先です」


そう言うとパパは二人にポケットの中から取り出した名刺ケースから名刺を取り出して手渡した。


花桜の家を後にして、目の前にとめてあるパパの車に乗り込むと、
シーンとした空気が車の中に広がる。



「瑠花……パパは何時瑠花が話してくれるか待っていたんだが、
 そろそろ話してくれていもいい頃合いじゃないか?」


沈黙の車内、パパの声が静かに広がった。


「夏休み頃から瑠花の様子が変わってきたのは気が付いていたよ。

 瑠花の部屋から時折、何かを思い詰めているような声が聞こえて心配になって
 夜中、覗きに行ったこともある。
 瑠花は眠っていたが、冷や汗をかいて何かに魘されている様子だった。

 次にパパが気が付いたのは、『花桜、ゴメン』と何ども呟き続ける瑠花の寝言。
 花桜と言うのは山波さんのお孫さんじゃなかったかな。

 パパも覚えていなかった。
 だけど瑠花のその言葉に、病院のカルテを見直してその中から、山波花桜と言う名前を思い出した。
 
 瑠花の昔のアルバムを開いて、花桜ちゃんの存在を思い出したよ」
 

何も言えないでいた私にパパがゆっくりと続けた会話に私はびっくりした。



「パパ……有難う。
 その言葉だけで私は十分だよ。

 何時か……ちゃんと話せるようになったらパパに話すから。
 今はもう少し、私のやりたいように見守ってほしいの」


今はただ……見守ってほしい。
絞り出すように伝えた私にパパの優しい手が髪を撫でた。


何故かその手が……、
あの懐かしい鴨ちゃんとシンクロした。




『瑠花……』



懐かしい人が私の背中を押してくれる。

頑張れって月の世界でもがきつづける私を応援してくれたような感覚が包み込んで、
気が付いたら涙が頬を伝い落ちた。