「失礼します」

着替えを済ませた総司が、鏡の部屋に足を踏み入れた途端、
土方さんと花桜が何かを食べている映像が映し出される。


「あぁ、ズルいですねー。土方さん。
 僕だって瑠花と一緒に……。

 瑠花、僕とあの場所に出掛けましょう。
 そして同じものを食べましょうね。
 約束ですよ」


なんて、懐かしい私がよく知る総司の口調で話すものだから、
嬉しくて笑いだしてしまった。


「瑠花、そこは笑うところですか?
 僕、本気ですよ。

 この世界で暮らす覚悟を僕は決めましたよ。
 瑠花には随分と心配をかけることになってしまいましたが、
 それと同時にあの頃の……瑠花や山波の苦労が、僕もわかるようになりました。

 不安でしたよね……。
 なのに僕はあんな態度でしか接することが出来なくて……。

 この世界にきて、敬里君の部屋の本を手に取ってめくっていると、
 僕たちのことが書かれていました。

 テレビと言うんですか……。
 あの箱から新選組と言う言葉が聞こえてきたときにも本当に驚きました。

 この頃には、本当の僕は結核で亡くなっているんですね。
 昔、瑠花が教えてくれたように……。

 半信半疑でしたが……こうやって瑠花は僕と出会ってくれていて……、
 あの日の縁【えにし】に繋がっていたのだと感じました」

「総司……」


総司は柔らかに微笑みかけてくれた。
それだけで今までの不安が嘘みたいに消えていく。


「瑠花、今日の鏡は土方さんと山波の幸せそうな景色を切り取ってるように見えますが、
 この頃の情勢はどういうことなのですか?」


総司はそう言うと、私の方に静かに視線を向けた。


「土方さんと花桜がいるこの時間。
 後世では、会津戦争と呼ばれているものなんです。

 土方さんが宇都宮で足を負傷したとされているのが、慶応4年の4月23日と言われています。
 会津に移動できたのが4月27日。
 だから今は4月27日から療養期間とされている三か月の間の何処かの時間を鏡は切り取ってると思います。

 その時、起こっているのが白河口の戦いのはずなんです。
 
 慶応4年、閏4月20日から7月14日にかけて行われたと伝えられています。

 白河小峰城を巡る奥羽越列藩同盟側と新政府軍の戦です。
 
 仙台藩・米沢藩を主力とした列藩同盟軍が会津藩・庄内藩と提携して、
 新政府と敵対する軍事同盟成立に際して白河城を攻撃し新政府軍から白河城を奪い取った。

 でも数日後には新政府軍は約700名程度で列藩同盟側約2500名の駐屯していた白河城を奪還した。
 
 同盟軍は白河を経由した関東への進軍を意図して約4500名まで増援を行い、
 7回にわたって攻撃したが、新政府軍は劣勢な兵数で白河城を守りきったと伝えられています。

 この戦いには、土方さんさんの代わりに斎藤さんが隊長として出陣していたと記録されてる文献もあります」



そうやって淡々と告げる私の知識に、
総司はじっと歴史を飲み込むように理解しようと努めてくれているのが伝わってくる。


「そうですか……一君は……」


懐かしい名前を紡ぎだして、総司は唇をかみしめる。


「失礼します。
 晩御飯の支度が出来たと伝言をたまわりました」


姿勢を正して襖を開けて声をかけたその人は
今は敬丞さんという名前に変わった山崎さん。

「あぁ、敬丞。
 食事にしようか。

 その前に、報告じゃな。
 今日から敬丞も一緒に生活するぞ。

 敬丞の部屋は一階の儂の隣だ」

そう告げるお祖父さま。

お祖父さまの会話中、山崎さんの視線は不思議な鏡へと向けられているものの、
鏡が映し出す花桜の姿を見ても今は何の反応も示さない。

あの中で、今も山崎さんがここにいることなんて知らないまま
必死に戦いを続けている花桜。


「瑠花さんも一緒に食べていくといい。
 瑠花さんの家には儂が連絡を入れよう」


そう言うとお祖父さんは黒電話の隣にある電話帳から私の家の番号をまわして、
自宅へと電話をかけた。

電話の向こうママの声が聞こえる。


お祖父さまは、まずは遅くなったことを謝罪したうえで、
晩御飯を進めている旨を伝えてくれている。

でも電話の向こうのママは少し、渋っているみたいな印象の声が漏れてくる。

そんな傍、病院から帰宅したらしいパパが受話器を受け取ってのか
パパの声が聞こえるようになった。


「瑠花さん、お父さんが電話口で呼んでいるよ」


そういわれて、私はドキドキしながら受話器を受け取る。