花桜のお祖母さまの鏡が映し出す映像を手掛かりに私の知らない歴史の一頁を少しでも埋めたくて、
本棚に並んでいる書籍を何冊か選んで手に取り、テーブルへと戻った。


持ち出し禁止の古い書籍を手に取って、食い入るように読み込みながらページをめくっていく。



花桜たちが今から向かおうとしているのは、会津で……。
会津での戦いと言えば、白河の戦い。


そうっ、白河の戦い。

この時、確か、土方さんは天寧寺の湯で温泉治療してたって言うのは何かのテレビで見てたし、
実際に出かけた東山温泉にも書かれてた気がするから間違いないと思うんだけど……。

花桜は?
花桜は土方さんと一緒に生活してると考えられるなら、天寧寺の湯?

なら、白河の戦いによもや参加してるなんてことはないよね。


そんなことを思いながらも歴史は有名な文献からマイナーな文献のものまで沢山ありすぎて、
どれが花桜が今辿ろうとしている歴史かわからなくて。

指の隙間から零れ落ちてしまいそうな、そんなマイナーな歴史探しを繰り替えす時間。
万が一にも、土方さんが白河の戦いに参戦してるって言う歴史なんて出てこないわよね。


縋る気持ちと、不安とが入り混じりながら自分自身の歴史の知識を埋めるように文献に読み更けていると、
気が付いたら17時を告げる時計のメロディーが耳に響く。


あっ、もうこんな時間だ。

手に取った複数の本を棚に戻すと、私は何時ものように図書館を後にした。
図書館を後にした私が次に向かうのは、敬里と舞が通っていた学校へと向かった。


日が落ちるのが早くなった校門前。
フローシアの制服姿のまま、私は単語帳に視線を落としながら総司が出てくるのを待つ。


敬里の代わりに学校に復学した総司は今では立派な高校生活を過ごしていた。


「おっ、敬里。今日もあの子来てるんだな。
 フローシアの制服、可愛いよなー。

 お前ずるいぞ。病気で休学中に、あんな可愛い彼女作っててさ」


そんな話をしながら、近づいてくる聞きなれた声に単語帳を片付けて私はまっすぐに総司を見つめた。

「瑠花、待った?」

前回、ここに来た時に確か、皆藤実さんと総司が言っていた敬里の部活仲間は、
今も総司の隣にいる。

「こんばんは。瑠花さん」

「ごきげんよう……」

何時ものように挨拶をしてしまって慌てて「こんばんは」っと素早く言い直した。

「聞いたか?敬里。
 ごきげんようだぞ……今時、ごきげんようってサラッと出てくるような純粋培養なお嬢さんじゃないか?
 
 お前、本当にこんな子何処で探してきたんだよ。
 俺が部活でお前の代わりに汗水たらして頑張ってた間によー」

「別に俺が頼んだわけじゃないだろ。
 皆藤が勝手に俺の代役勝手出てくれてたんだろう。

 じゃ、また明日な。
 瑠花、行こうか?」


そう言って総司は私の名を呼んで駅の方へと歩き出す。


「じゃなぁー、お疲れ。敬里。
 彼女と仲良くなー」

なんて背後から声をかけてくる皆藤さんに総司は、
無言で片手をあげて合図した。



新生活が始まって、こうやって高校生活に順応し始める総司。

そんな総司の姿を見るのは、嬉しいけど胸中は複雑で……。
今、こうやって隣を歩いている総司。

だけど私は、この総司がこの世界の人間じゃないことも一番傍で知ってる。

だから今は存在する総司も、
何時かは消えていなくなってしまうかもしれない不安。

そして時折、総司が話す総司に似つかわしくない敬里の口調。
それを何度も耳にするたびに、やっぱり総司が消えてしまいそうで不安になる。


本当なら私だけの総司として、何処かに隠し通すことが出来たら……なんて、
バカなことすら考えてしまう。


そんな自分が今は許せなくて……。



「瑠花、どうしたの?
 さっきから百面相してますね」

私を気遣うように話す、私だけが知ってる総司の話し方に心が満たされる私。


「ううんっ。
 大丈夫。ちょっとね、学校で先生に言われちゃったことが気になってただけ」

そう言いながら私は総司の腕に自らの手を絡めた。

まっすぐに向かう先は、総司が暮らす花桜の家。


「ただいま戻りました」

玄関を開けて声をかけると、中から見慣れた姿が私たちを出迎えた。

「お帰り敬里。
 いらっしゃい、瑠花さん」

お祖母さまの声に「お邪魔します」と声をかけて私は鏡の部屋へと向かった。


「夜分にお邪魔します。
 花桜は?」

「あぁ、瑠花さんお帰り。
 学校が始まって大変だろう。
 毎日毎日、孫の為にすまんな」

そういいながら、鏡に視線を向けるお祖父さま。


荷物を部屋の片隅に置いて、
私も鏡に視線を向ける。

鏡の中の花桜は、何人かの隊士と共に、土方さんと出かけているみたいだった。

「えっと……花桜は?」

「今朝から鏡は土方さんの療養生活を映し出しておるな。
 花桜もよー頑張っとるわい。

 漢方なんて知るはずのなかった花桜が、今では漢方薬を調合するまでになっとる。
 成長するのはあっという間じゃな」

なんてお祖父さまは感慨深そうにつぶやいた。
今、鏡が映し出しているのは、久しぶりに花桜が見せる笑顔の映像だった。