「失礼いたします」


襖の向こうから主人の声が聞える。


「はいっ」


私は襖の方へと移動して、襖を開けると、水の入った桶を借りて、
土方さんのそばへと近づいた。



「明日の朝、松本先生がこちらにいらしてくださるそうです。
 だから今は、ちゃんと体を休ませてくださいね」


そういって、体を起こしかけた土方さんの肩を抑える。
わずかに抵抗していた土方さんも、すぐに諦めたように布団へと体を沈めた。



「傷口、少し確認させていただきますね」


断りをいれて、
土方さんの足に巻き付けてある包帯代わりの晒をゆっくりとほどいていく。


あの日から何度も、薬草を煎じて晒に塗り付け、
保護するように細長く裂いた晒を巻き付けてはいるものの、
決して良好とはいえない。

時折、うめくようにこぼれる声を聞きながら、
私はその傷口の手当を終えた。


「はい。
 足の患部のガーゼ交換は終わり」

「ガーゼ交換?」

「あっ、傷口を保護していた晒を交換したってこと。
 で、今から私は土方さんの体の手ぬぐいで拭いていきたいんだけど、
 宜しいですか?」


その言葉に、土方さんは戸惑ったような表情を見せる。


「なんでそんなに戸惑ったような表情になるかなー。
 体を拭くほうがさっぱりすると思うし、遠慮しなくていいし。

 私、これでも沢山の負傷した隊士さんの手当や清拭したんだから」


そう言うと、手ぬぐいを水で濡らして固く絞ると、
ゆっくりと手足から拭きあげていく。


「まだ熱が下がらないみたいですね。
 地竜を用意しますね」


断りを入れて、私の袋の中から薬を取り出すと、
何時ものように器の中ですりつぶした。


宿で白湯を分けてもらって土方さんのもとへと戻る。



「お薬お持ちしました。
 これを飲んで今はお休みください」


少し体を起こすのを手伝って飲み干すのを見届けて、
再び体を布団へと横たえた。


暫くすると、
よほど疲れていたのか土方さんの寝息が静かに部屋の中へと響く。


時折、何かに魘されるように呻きながら……。


睡眠の邪魔をしたくなくて慌てて蝋燭の火を消すと、
私は眠っている土方さんの傍で、幾度となく手ぬぐいを水に浸しては、
汗をぬぐい、額を冷やし続けた。


そのまま力尽きたように、その場で眠りに落ちてしまったのか、
気が付いた時には、着物がかけられていた。


お日様の光の眩しさに、ゆっくりと体を起こすと、
「目が覚めたのか?」っと、土方さんの声が聞こえた。


「あっ、わっ、私……」


どうしよう……。
看病してたつもりが、私が迷惑かけたパターン?


「今朝方、松本先生の診察を受けたぞ。
 回復にはしばらくかかりそうだ。

 松本先生が、傷口の処置の仕方を褒めていたぞ。
 お前の処置が早かったから最悪の状態は免れそうだとさ」


そう言うと、土方さんは早速布団の上で、何かを広げて難しそうな顔を見せる。



「土方さん、熱の方は?」

「あぁ、今日は体が軽いよ。
 山波のお陰みたいだな。
 世話になった」

「熱は下がられたとはいえ、薬が効いて下がっているだけかもしれませんし、
 まだ体を休ませてくださいよ」

「お前は、松本先生と同じことを言うんだな。
 松本先生からも、この先の岩風呂で夏まで療養しろとさ」


そういって頭をかいて毒づきながらも、
時折、視線は広げた紙へと視線を移す。
 

「土方さんが先程から見ているものは?」

「今朝方会津から届いた軍事情勢とでもいうべきか。
 斎藤が残った新選組隊士を引き連れて、白河に向かったようだな。

 ひとまずは白河を占拠したとあるが……」


そう言いながら、土方さんはまた黙り込んで考え事をしているみたいだった。




土方さんは、
清水屋旅館に辿り着いて約三か月の時間を療養期間として使った。  



この地で療養しながら耳にした、近藤さんの処刑の知らせ。
そして三条河原にさらされた首が何者かに持ち去られたことを知る。



近藤さんの死は、土方さんの心をより深く傷つけたに違いない。

だけど……表情には出さずに何事もなかったように昼間はすごし、
夜になると眠りながら魘される時間が続いた。


熱が下がり、ある程度傷口が回復してきたころより、
清水屋旅館と温泉を行き来する毎日。


天寧寺の岩風呂が、土方さんを優しく癒してくれた頃、
島田さんや中島さんたちと再会することが出来た。





会津の情勢は不安が募るばかり。


わずかな休息を経て、再び羽ばたこうとするその人を、
私は近くで見守っていたい。




今はそう思うんだ。



一人じゃ、危なっかしくて見てられないから。


そんないい方したら、
土方さんは怒るかもしれないけど……。




ずっと泣いてばかりの私の時間は終わった。
今の私でも、この世界で役に立てることがわかったから。



だから……最期の時まで、
私は……山南さんの分まで、新選組を見守っていたい。


山崎さんの分まで、山崎さんが仕え続けた土方さんを私にしか出来ない形で
守りたいって思うから……。




だから二人とも、私に力を貸して……。
ちゃんと空から見守ってて。





会津戦争の始まりは、
改めて私の生きる道を決意させてくれた。