忘却街の秘密の洋館




   *



『どうして?』



 母が手にしている包丁が月明かりに光る。


 今さっきまで野菜を切っていたはずなのに、なぜこの身を切り裂こうとしているんだろう。



『やめてよ……』



 違う。あの顔は母じゃない。
 あんな冷たい目をするなんて、楽しそうに包丁を振り回すなんて有り得ない。



『アトラス、目を瞑れ』



 後ろから肩を叩かれて、オレは1度だけ目を瞑る。そう、1度だけ。


 父に言われたはずなのに、全てを見てしまったのは罪だ。5歳のオレには父が何をしようとしているか、わからなかったんだ。



『すまん。救えなくて』



 父が振りかざした光は母を襲う。
 白い閃光の中に見えた赤に、オレ自身も染まった。










 夢。
 任務前に必ずそれを見てしまう。失敗すれば、同じことが繰り返される。その緊張が夢となるのかもしれない。


 オレが母を失った日のこと。
 もう12年。そしてオレが光魔法を受け継いだのも、その年だった。



「ゴーストなんて全ていなくなればいい」



 父は霊媒師として、母は憑代として、ゴーストを退治するというよりは導いて成仏させていた。


 2人で1組の霊媒師。街では噂になるほどの有名人。それがちょっとしたミスであんなことに……。


 オレは頭を振ってベッドから降りた。


 感情的になっては駄目だ。冷静……いや、冷酷でなければ。


 ゴーストはこの世に留まりたくて惑わす。だからこそ、感情は捨てなければならない。


 部屋の掛け時計を見れば、約束までに3時間はある。


 あんな夢を見れば朝飯を食べる気が起きない。しかし任務がある。食べないわけにはいかないか。



「相棒にも会わなきゃな」



 依頼を受けた街の宿。そこそこ豪華ではあるが飯はまずい。依頼人が食事をつけてくれたが、はっきり言って迷惑だ。


 宿泊客のほとんどは隣の食事処で済ますのが当たり前になっていた。


 そこにはオレの親友が働いている。会うのは1年ぶりかもしれないな。


 依頼人は彼の客。


 詳しい話を聞いていないし、まずは親友から聞くとしよう。
 呪われた秘密の洋館の話を。



 ・・・


「やっと現れたな、クソ野郎」

「そんな口悪くて、よく店主が務まるな。あきれた店だ」

「うるせぇ。悪態つかれたくなきゃ、出ていきやがれ!」

「この寂れた店に金を落としてやろうって言ってるんだ。さっさと用意しろよ」



 口が悪いのは相変わらず。
 オレと同じ年齢に見えるのは、ヤツが童顔すぎるから。幼い顔立ちだけれど、オレより10も違う27歳とか笑える。



「久しぶりに来たと思えばなんだ。店を潰しに来たか?」

「潰す価値もない」

「あーあー、わかってる。依頼のことと、依代《よりしろ》だな」

「わかってるなら、さっさと言え」



 彼の名前はシャルナ。
 昔から家族ぐるみの仲……だった。
 オレの両親に不幸があってから、疎遠ぎみだ。


 オレが避けていたのだから仕方ないが、それでもシャルナは変わらず付き合いを続けてくれていた。感謝しかない。
 素直に言うつもりはないが。


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