「……そうなんです。双葉さんの部屋まで戻ろうにも戻れなくなってしまって」

「僕でいいなら、案内するよ。母様から部屋はどこにだと案内されたの?」


優しく微笑む睡蓮様が、私には今……神様に見える。これでやっと、この窮屈な着物のまま、だだっ広い屋敷の中に佇む時間が終わる。


やっぱり睡蓮様も、光蓮様の血を引いて紳士的だ。

……紳士力を紅蓮にも少し分けて欲しい。


「……えっと、私の部屋は───」





***


「まさか僕の隣の部屋だったなんてね」

「……おかげで助かりました!ありがとうございます」


部屋の前に案内し終えた睡蓮様は、"ここが蘭さんの部屋だ"と人差し指で入口を指した。

「こっちが僕の部屋だから、何か分からないことなんかあったらいつでもおいで。……って、紅蓮に怒られるかな」


ハハと小さく笑った睡蓮様は"また夕飯でね"と隣の自分の部屋へ入ってしまった。

意外な程にあっさりしていてポカンと部屋の入口に立ち尽くしたまま、少しの間、睡蓮様の部屋の戸を見つめた私はふと我に返って自分の部屋の戸を開けた。

睡蓮様と紅蓮は似ても似つかない、全く別の生き物なのに、睡蓮様もまた、紅蓮と同じように心の奥で一人泣いている気がした。


……なんて、気のせいだよね。