あのとき離した手を、また繋いで。



ずっと待たせていた。
私から、恋人になってと言ったのに。


ちゃんと好きになるはずだった。世界でいちばん、好きになろうって思っていた。



「本当は嫌だ、行くな、俺のところにいろって言いてぇんだけどな」

「桐生くん……」

「泣くな。それでいいんだよ。お前の本心、教えてくれてありがとう。知らないままでいなくてよかったよ」

「どうしてそんな風に言ってくれるの……っ」

「お前が本当に好きだからだよ」



桐生くんが私の頭に手を置く。



「高校んとき学校で流れてた噂、半分は当たってた。両親離婚して、やさぐれてて、毎日誰かと喧嘩してたし、女も、とっかえひっかえしてた。誰かを好きになることなんてなかったし、どういうことか知らなかった」



高校のときのことを思い出す。
あのときは私と同じようにデタラメな噂を流されている被害者なんじゃないかと思って、そういう目で見ないように努力をしていた。



「でもお前のことどうしようもなく好きになって、俺は変わった。母親ともうまくいくようになったし、人に優しくできるようになった。全部、お前のおかげだ」



もらってばっかりだった。
桐生くんには、感謝してもしきれない。恩を返しても返しきれない。そう思っていた。



「大丈夫、お前には感謝してる。お前といた時間は俺の宝物だよ。だから、行ってこい。緑川んとこ」

「桐生くん」

「俺のことはいいから」



ゆっくり頷いた。
すると「いままでありがとう」と桐生くんが言った。また、涙が溢れた。


さよならはいつだって悲しい。


ありがとう、桐生くん。桐生くんがいたから私はもう一度恋をしようと思えたんだよ。


本当に、ありがとう。










前に訪れたことのある夏希の家は、もぬけの殻になっていた。卒業のタイミングで引っ越してしまったらしい。


そして水無瀬くんから聞いた就職先には夏希はいなかった。
社員の方に尋ねると、一身上の都合で入社3ヶ月で退社したのだと訊いた。


夏希がいまどこにいてなにをしているのか、誰にもわからなかった。


その日私は電車に乗った。それはもう二度と乗らないと決めた車両だった。流れゆく景色がだんだんと田舎の風景に移り変わる。


秋にここへ来るのは初めてだ。赤と黄色の紅葉がとても美しい。


目的地の駅で下車した。鼻を通り抜ける空気が美味しい。


最初に訪れたときから数えると、2年半の月日が流れていた。


上履きで歩いていた道を今はすこしヒールのあるパンプスで歩く。それだけで過ぎ去った月日の流れを感じた。


しばらく歩いていくと、波の音が微かに聴こえてきて、耳をすませた。


空の青さと海の青さが混じり合う境界線が見える。


太陽の日差しで水面がキラキラと輝いている。まるでなにかの宝石が散りばめられているみたいだ。


石の階段を上がり、ようやく海に辿り着く。


潮の香りが鼻をかすめる。


瞳を閉じればすぐそこにはあの頃の私たちがいるように思える。
笑いあって、ずっと一緒にいると信じて疑ってなかった。


確かあのとき私たちが腰を下ろしたところは……。



「…………」



目線で追った先。
見覚えのある背中があるのが見えて胸を締めつけられる。


砂浜に足を踏み入れると、柔らかい砂に足元がふらついて歩きにくい。
だけどいまはそんなことよりも早くあそこに行きたい。


となりに立って、ゆっくり腰をおろした。



「……モナ?」

「探したよ」



夏希、夏希、夏希。


君の名前を心のなかで何度も呼んで、叫んでいた。





となりには愛しい君がいる。
目を丸くして、どうしてここにいるんだとでも言いたげな顔で。



「まさか、ここにいたなんてね」

「…………」

「会えてよかった。会いたかった、ずっと……っ」



会えた喜びに涙が溢れそうになる。
目の前の波たちは押し寄せては引いて、押し寄せては引いての繰り返し。
波の音は聴いていてとても居心地がいい。



たくさん、たくさん、遠回りをしたね。

だけどようやく君のところへ戻ってくることができた。



ここからまた恋をはじめよう。

ふたりでまた、この世界が生み出した"永遠"という憧れをもって。


あのとき離した手をまた繋いで。




「夏希、がんばったね」



最期まで、死ぬことがわかっていた黒木さんのそばにいて、寄り添い続けた夏希。
その夏希の気持ちを推し量ると、とても涙せずにはいられない。



「……っ……」



いま君の頬をつたう涙がなによりの証拠だろう。震える背中に手をあてがった。そのまま上下させて落ち着くまでさすった。


そして、夏希。君に伝えたいことがある。




「夏希、もう離れないでね」



もう、二度と、離れないでいてほしい。
私と、ずっと一緒に居続けてほしい。


夏希が目を見開く。



「……うん。もう離れない」



唇を一度閉じて、再び口を開いた夏希がそう言った。


あの頃、私たちの恋を邪魔していたものはただの黒木さんの嫌がらせだけじゃない。
もっと大切なことがあった。


どんなことがあっても離れないという決心。


この"君を好きだ"という気持ちがなくならないのは私のなかですでに証明された。


どんなに離れていても、次の恋をしようと思っても、無理だったから。



好き、好き、大好き。君が、君だけが。


これだけは私のなかの永遠。
きっとそれはこれからの日々で証明していく。



さざ波の音に身を委ねるようにふたり寄り添って瞳を閉じた。


それはまるで永遠に続く恋が再生を始めたかのように穏やかなときの流れだった。






【おわり】





はじめましての方もそうでない方も、この「あのとき離した手をまた繋いで。」を読んでくださり、誠にありがとうございます。


好きなのに別れなきゃいけないとか、好きなのにダメになっちゃう恋の儚さといったものが好きでそういう作品を書こうと踏み切ったのがこの作品です。


いかがでしたか?


絶賛インフルエンザでゲホゲホ言いながら書き終えたのですが……色んな意味で忘れられない作品になりました。


よければ感想ノートやレビュー、かんたん感想などで意見をお聞かせくださいませ。


最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございます。


また次の作品でお会いしましょう!



2018.02.01.晴虹



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