芝生に覆われた緩い斜面をくだると、段々に人の声と考えが聞こえてくる。日本語以外も聞こえてくる。
 女の子が男の子にブランド品をねだろうとする考え、女性のグループがセール品の値踏みをしている考え、恋人へのプレゼントを探す男性や女性の考え、いろいろな考えが聞こえてくる。
 色々な考えが頭の中を巡り、私はふと尚生さんに何かプレゼントしたら喜んでもらえるのでは、お兄ちゃんにプレゼントしたら喜んでくれるのではという考えが頭に浮かんだ。でも、何をプレゼントしたら喜ばれるのか私にはわからない。
 尚生さんに相談したら、きっとお兄ちゃんのプレゼントを選ぶのを助けてくれる。でも、そうしたら、尚生さんのプレゼントは?
 私は考えながら、ゆっくりと歩を進めて大きなアウトレットをゆっくりと通り抜ける。洋服、靴、バッグにキッチンウェア、色々なお店が並んでいて、沢山の人で混んでいるお店と、人があまり入っていないお店がある。どうやら、値段が高すぎると人が入らないのは、アウトレットでも、デパートでも同じようだ。
 紳士物を扱っている店の前で何度か足を止めるが、店の中に入る決心がつかず、ガラス越しに眺めるだけにする。
 ゆっくりと歩を進め、女性ものの店は素通りにする。
 駅にだいぶ近づいたころ、スマホの着信音が聞こえた。

☆☆☆

 扉が開くのももどかしく、僕は新幹線から降りると改札口を目指してエスカレーターを駆け上がる。
 以前、スキーに来たことがあったのが幸いし、改札の場所はほとんどわかる。改札口を飛び出した途端、空腹に足が止まった。
 母の大好物の『峠の釜めし』だ。母は独身時代からこの釜めしが好きで、あちこちのデパートで駅弁の販売会でこの釜めしが出店されるたび、足しげく通って食べるのを楽しんでいる。
 自分の空腹と母の好みが重なり、僕はためらいながらも釜めしを三個購入した。
 受けっとってから自分の愚かさに気付いたが、今更、返品することもできないので、僕は笑顔で受け取り、アウトレットへ向かいながらスマホを取り出した。
 呼び出し音が鳴り、電話がつながる。
『はい、もしもし』
 紗綾樺さんの声が聞こえ、僕は安心して少し歩を緩めた。
「いま、駅に着きました。紗綾樺さんは何処に?」
 しかし、問いかけても紗綾樺さんは返事に困っているようだった。
「えっと、お店には番号が振られています。扉の上あたりに、番号が書いてあるかと思います」
 僕は返事を待ちながらも歩みを進めた。

☆☆☆


 尚生さんに居場所を教えると、私は尚生さんが来るまでお店の扉わきのベンチに座って待つことにした。近くは女性もののバッグや洋服を扱っている店ばかりで、私の探しているお兄ちゃんと尚生さんのプレゼントになりそうな物はない。
 五分もたたないうちに尚生さんの気配がする。
「紗綾樺さん!」
 尚生さんの呼ぶ声に、私は立ち上がって尚生さんの方を向いた。
「お待たせしました」
 息を切らせて言う尚生さんの手には、見覚えのある袋がぶら下がっている。
「紗綾樺さん、お昼食べましたか? 自分はまだだったので、お弁当買って来たんですけど・・・・・・」
 そこまで言って、尚生さんは私の手にある袋に目を止めた。
「それ、釜めしですか?」
「はい。美味しかったです」
 私の答えに、尚生さんは嬉しそうに笑った。
「それならよかった。自分は、五分で食べられますから」
 尚生さんは言うと、私が座っていたベンチに腰を下ろし、辺りを気にせずあっという間に釜めしを完食した。あまりの事に、私はたったまま目を見開いて見つめた。
「あ、座ってください」
 片づけをしながら言う尚生さんの隣に、私はちょこんと腰を下ろした。
「すぐ片付けちゃいますから」
 尚生さんは言うと、器を手提げ袋の中にそっと入れた。
「紗綾樺さんのも持ちますよ」
 そう言って尚生さんは私の手にある袋を取ると、自分の持っている袋の中に入れた。
「でも、重いですから」
 尚生さんの袋の中には、私の分の手つかずの釜めしが入っている。そこにからの器を足したら、私ならよろめきそうな重さになるのではないかという気がした。
「ああ、大丈夫ですよ。これくらい楽勝です」
 尚生さんの笑顔はいつも優しい。
「ところで、なんで急に軽井沢なんですか? 宗嗣さん、心配してましたよ」
 当然の質問だったが、私は予想していなかったので、思わず答えに困って沈黙した。
「僕には話せませんか?」
 残念そうな尚生さんの言葉に、私は本当の事を話したかったが、やはり話すことはできなかった。
「僕にメールの使い方や、地図で場所を調べる方法を聞いたのは、ここに来るためだったんですね」
 さすがに仕事柄なのか、尚生さんは鋭かった。
「僕と連絡するためじゃなかった・・・・・・」
 尚生さんは寂しそうにつぶやいた。
「私、お兄ちゃんと尚生さんにプレゼントを買いたかったんです」
 嘘ではない。でも、真実でもない。
「えっ?」
 尚生さんは驚いたように私の方を振り向くと、まじまじと私の事を見つめた。
「でも、来てみたら、何を買っていいか分からなくなって。人が沢山で具合が悪くなってしまって・・・・・・」
 私は言うと、さっきの謎の体験を思い出して俯いた。
「すいません、責めるつもりはなかったんです。でも、最初から話してくれていたら、宗嗣さんにデートしますって連絡して許可をとって一緒に来れたんですよ」
 尚生さんの声は心配げで、私を諭すようだった。
「ごめんなさい。でも、プレゼントだから、一人で選んでみたかったんです」
 私が謝ると、尚生さんは慌てて笑顔になった。
「そんなに謝らないでください。でも、宗嗣さんにって言うのはわかりますけど、僕もプレゼント貰っちゃっていいんですか?」
「はい。だって、尚生さんは大切な人ですから・・・・・・」
 私が言うと、尚生さんは驚いた顔をした。

☆☆☆