俺はランチを取りながら、いつもの癖でさやの居場所を確認した。
 この習慣は、さやに恋人が出来たら止めるつもりでいたのだが、実際のところ、さやに恋人ができたとなったら余計心配が増えて、チェックする回数が増えることはなかったが、ちょっとした休憩やランチの時には、やはり欠かさずチェックしてしまう。
「また、GPSの測定おかしいな・・・・・・」
 俺は何度更新しても長野県北佐久郡軽井沢町と表示されるさやの位置情報に頭を掻いた。
 以前、同じようにGPSの調子が悪く、岡山県だの、岩手県だの、遥か彼方に位置情報が表示されるたびにさやに電話しては『家だよ』とか『寝てた』という返事を多分、数十回は聞いている。当時は、さやは仕事をしていたこともあり、遅くに寝たのに早く起こされて寝込みを襲われた感が電話の向こうに漂っていたが、いまは仕事に行ってないのだから、そろそろ起きる時間かなとは思う。が、しかし、ここで電話をして、もし家に居たら、警察官の彼氏に相談するかもしれない。そうすると、俺は既に奴から警告されているので、ストーカーという事になってしまう。
 俺はため息をつくと、スマホをしまった。
 オフィスの中はガラガラで、手弁当を食べている俺に注意を払う人間は誰もいない。
 椅子の背によりかかり、自分で昨夜のうちに詰め込んだ箸が折れそうなほどぎゅうぎゅう詰めのご飯をかきだすのに疲れた手を休める。
 職場に冷蔵庫と電子レンジがない時はコンビニ弁当を毎日買って食べていたが、この職場は冷凍冷蔵庫に電子レンジ完備。しかも、社員以外は一日二杯までという暗黙の了解があるものの、大手ブランドのコーヒーメーカーとカプチーノマシンまで用意されている。
 実際、俺が入るまでみんな外でランチが当たり前だったらしく、俺が弁当を食べ終わってから、わざわざコンビニにコーヒーを買いに行くのを見たお偉いさんが、社員以外も使用を許可してくれたんだけど、総務から『社外・社員秘 常駐スタッフ及び、総務のみ閲覧可』なる意味の分からない紙が回ってきて、『総務以外の社員には見せてはいけません』という注意書きが頭に書かれ、『社員の福利厚生の為に設置されたコーヒーメーカーおよび、カプチーノマシンの常駐スタッフの利用は、一日二杯までとし、今後、新しい常駐スタッフへの注意勧告は、既存のスタッフの責任とする』と書かれ、読んだ後には、下に一覧されている自分の名前の隣に直筆で名前を書くようになっていた。そのせいで、しばらくの間、どちらのマシンにも誰も手を出さなかったので、俺も仕方なくコーヒーを買いに行っていたのだが、お偉いさんに『好きなコーヒーがないなら、総務に連絡してあげるよ』と言われるに至り、俺は先陣を切ってコーヒーマシンの利用を始めた。といっても、もちろん、食後の一杯のみ。さすがに二杯目に手を出す勇気はない。理由は、俺の視界限界はるか遠くに、例の回覧を回した総務の通称『牛乳瓶眼鏡のドン』が座っていて、俺の事を忌々し気に見張っているからだ。
 ここの職場は、仕事は楽だし、設備には恵まれているし、金額も高い。俺としては、もういう事ないんだが、最後の一点、性格になんのある社員さんが多く、常駐スタッフは長続きしない。
 俺のように総務に睨まれている人間が、なぜかお偉いさんの目に留まる最大の理由は、俺が持っている資格だ。常に日本中の大きなビルのデザインや設計を扱うこの事務所には、当然、有資格者の社員が沢山いるが、あの災害に襲われる前、俺がコンペに出したデザインの審査を担当したのがここのお偉いさんで、俺は落選して知らなかったが、最後まで俺のデザインを推してくれたのが、その人だったらしい。
 当時の事務所はとても大らかで、事務所の名前でなく、俺個人でのコンペへの参加を認めてくれていたので、俺は当然、本名の『天野目宗嗣』で応募したから、名前の珍しさもあって記憶してくれていたらしい。
 お偉いさんが俺に近づくと、牛乳瓶眼鏡のドンがイライラするので、俺は失礼のないようにやんわりとお偉いさんから逃げていたが、ついこの間、遅刻しそうになって家に弁当を忘れてしまい、仕方なくコンビニに弁当を買いに行こうとしたところをランチに誘われ、懐かしいコンペの話を聞かせてくれたのだった。

『もう、デザインも設計もしないのかい?』

 不思議そうに聞かれたが、俺が沈黙していると、相手は俺があの悲惨な災害から立ち直っていないのだと勝手に理解してくれた。
 俺にだって、夢はあった。
 いつか、俺がデザイン、設計したビルにさやを連れて行ってやりたいと。本当は、両親も連れて行ってやりたかった。でも、それはもう叶わない。さやが生きていてくれただけで、俺は満足だ。
 そんなことを考えていると、俺は心配になってもう一度さやの居場所を確認した。しかし、やっぱり軽井沢になっていた。
 やっぱりGPSおかしいな、早く直れよ!
 俺は心の中で叫ぶと、残りの弁当を平らげた。 

☆☆☆

 崇君に教えてもらった通りに進むと、旧軽井沢のお店が並ぶにぎやかな場所へとたどり着いた。ここからは、タクシーを降りた場所まで戻り、タクシーを捕まえて駅まで戻るだけだ。
 しかし、スマホを取り出し時間を見ると、帰りの新幹線の時間まで、まだ六時間近くある。
 あまりにすんなりと崇君と会う事が出来てしまったから、崇君の気持ちを知ることができてしまったから、当然の事と言えば、当然のことだ。
 いったい、何を考えて、こんな遅い時間の新幹線を予約したんだろう。住所がわかっているんだから、家の前まで行けば本人に会わなくたって、たとえ留守だって、崇君の状況を知ることははできたのに。一時間もあれば全てはわかるのに・・・・・・。
 自分でも、自分が何を考えていたのか良くわからない。
 軽井沢の駅に降り立ってから一時間ちょっと。町のあちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。
「とりあえず、駅までもどるかな・・・・・・」
 私は一人呟くと、太い車通りを目指して歩き続きけた。
 しばらく歩いたところで、ちょうどお客を降ろしたばかりのタクシーを見つけた私は、さっと手を挙げて合図する。
 仕事帰りに、いつもタクシー利用していたので、タクシーを呼び止める技は心得ている。
 ちょうどお客を探していたタクシーは、渡りに船とばかり、すぐに私の横に停車してドアーを開けた。
 私がタクシーに乗りこむと、運転手が『どちらまで?』と問いかけてきた。
「駅までお願いします」
 おおよそ、私の行き先に察しがついていたらしく、『シートベルトご協力おねがいします』と言うと、運転手は車を発進させた。
 一方通行が多いらしく、来た時とは違い、ぐるぐると回り、やっと太い道に出ると、車はスピードを上げて駅に向かった。
 駅に戻った私は、ほんの一時ちょっと前に降りた階段を上り、改札口の前まで戻ってきた。空腹に語り掛けるような、釜めしの良い香りがする。
 新幹線の時間を変更したいと思うものの、見たところ私の苦手な機械が改札口の傍に並んでいるだけだ。
 仕方ないので、私は釜めしを一つ買った。しかし、手渡された瞬間、その重さに取り落としそうになった。
「お客さん、大丈夫ですか?」
 驚いた店の人が慌てて落ちかけた釜めしをキャッチしてくれる。
「重いんですね」
 私の言葉に、店の人は逆に驚いたようだった。
「うちの釜めしは、素焼きの釜に入ってますからね」
「峠のかまめし・・・・・・」
 私は看板をしげしげと見つめながら呟いた。
「お気をつけて」
 勢いで釜めしを買ってしまったが、辺りに座って食べる場所もない。かといって、駅の中に入って四時間以上をホームの待合室で過ごすのも気が進まない。
「あの、この辺で、座って釜めしを楽しめる場所はありませんか?」
 私の問いに、店の人は再び驚いたような表情を浮かべた。
「なら、アウトレットに行くと良いですよ。ベンチもあるし、芝生もありますから」
 そう言って、私が行ったことのない方向を指さした。
「ありがとうございます」
 私はお礼を言うと、思い釜めしを手に『アウトレット』を目指した。
 さっきは手ぶらだったので階段を使ったが、さすがに釜めしが重いので、エスカレーターを利用した。
 駅前の直線の道路にアウトレットのエリアを案内する看板があり、飲食店や土産物店が見える。
 私は、勧められたまま、一番近い入り口からアウトレットの中へと入っていった。
 幾つかお店の入り口脇に座る場所が用意されていたが、さすがに人通りも多く、釜めしを広げられる雰囲気ではない。仕方なく、私は日頃は興味も持たないバッグや洋服などを売っているお店を見ながら奥へと歩を進めた。

☆☆☆