『海底二万マイル』の中に入る前から少し、嫌な予感はしていた。聞こえてくるのは、『冷たい』とか『なんで水かけるの?』、『洋服、シミにならないでしょうね? バッグだってブランドものなのよ!』というような戸惑いや怒りのこもったものばかりだったし、中には『なに、津波って~。ああ、なんか外洋につながってるとかいうゲートがバタバタして壊れそうな感じがするのはそういう事なんだ』と、これから楽しむはずのアトラクションの説明を全てしてくれる人までいる。
 ある意味、力を全開にしているはずなのに、以前のように息苦しさや、聞こえすぎて苦しいという感じはない。きっと、あの太刀で断ち切った何かによって、私は前より自由に力が使えるようになったんだと思う。だから、この溢れる光や色、音、それらをはっきりと認識することができるし、どれも雑音でも不協和音でもない。
 ほとんど真っ暗な小型潜水艇で見る人工的な海底は、私が観たことのない海の底をロマンチックに見せてくれた。しかし、一つ、二つと、さっき放ったあらゆる意識達が私の元へ報告に戻ってくると、全ては一転した。
 次から次へと並べられる報告に、私の頭は痛み、視界は霞んでいった。
 さすがに、許容量オーバーらしい。目の前が暗くなり、立っているのも辛くなってきた。
 なんとか外へ出ると、太陽の光が私を暖かく包んだ。しかし、視界は明るくなることなく、私は膝に力がはいらなくなり、いつかのようにガクリと膝が折れて倒れそうになった。
 しかし、私の体はふわりと浮かびあがった。でも、それ以上は意識を保つことができなかった。

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 真っ暗な空間に体が浮いている。という事は、これは現実の世界ではないのだと私は直感した。それに、体が宙に浮いているだけでなく、さっきと同じでふさふさの尻尾が私に生えている。
「戻ってきたという事は、私の贄の行方が分かったのだな」
 私の声なのに、話し方が私とは全然違う。
 声に合わせるように、優雅に尻尾がふわりと優雅に揺れる。
 あらゆる意識達が次から次へと報告を始める。中には、似ているけれど違う子供の情報も沢山あったが、不思議なことに私には正しい情報だけがつながっていく。
 そして、頭の中に映像が再生されていく。


「崇君、次は何に乗りたい?」
 優しい笑顔の女性が崇君に問いかける。
「ポップコーンを買ってきたよ」
 ディズニーキャラクターの絵柄が全面に描かれたブルーのケース一杯にポップコーンが詰まった入れ物を優しそうな男性が崇君の肩から斜めにかけてあげている。
 崇君は嬉しそうに、それでいながら、少し恥ずかしそうにしている。
「遠慮しなくていいんだからね」
 男性は言うと、崇君の頭を撫でた。
「そうよ、お母さんの具合が良くなったら、おうちにも帰れるんだから、心配しなくていいのよ」
 二人とも優しく崇君に接していて、危害を加える心配は全くないと確信が持てた。
 まるで本当の親子のように二人は崇君を気遣い、いろいろな乗り物に並び、レストランで食事をし、近くのリゾートホテルの豪華な部屋に泊まっていた。
 翌日はディズニーランドに行って、もう一泊。
 移動は車じゃない。あの車は、崇君を迎えに行くためだけに借りたものだったんだ。

 鮮やかな映像は、まるでビデオを見ているようだった。
 幸せそうな夫婦に、楽しそうにほほ笑む崇君。それは、家族団欒のビデオを見ているようだった。
 名前がわかれば、行き先を調べられるのに、さすがに名前まではわからない。
 目覚めたら、尚生さんに調べられるか訊いてみよう。
 私は考えながら、親子のような三人を見つめ続けた。

☆☆☆