それは『海底二万マイル』だった。
 真っ暗な中を進んだり、二人っきりで小型潜水艇に乗って海底を探索したりする。
 伝説のアトランティス大陸を探すお話なわけで、考古学や古代文明好きの僕にはいくらでも披露できるトリビアもある。それに二人の距離も近いし、二人だけの世界にもなれるし、普通のカップルには悪くはないアトラクションだし、もし、これが友達となら、ワイワイガヤガヤと盛り上がりながら、『ちょっと時間が短すぎだよな』とか言いつつ盛り上がれる。しかし、紗綾樺さんを連れてくるには無神経極まりないアトラクションだった。
 いきなり頭の上から少しとはいえ水をかけられ、高波高、津波高が押し寄せて堤防が決壊しそうだとか、もう紗綾樺さんには聞かせたくない禁句の連続。挙句、海の底だ。
 何も考えずに列に並んだ自分を呪ってしまう。おかけで、あっと言うくらい短いアトラクションだったはずなのに、紗綾樺さんの顔からは笑顔が消え、少し青ざめているようにも見える。
 土下座ものの、痛恨のミスだ。
 僕が紗綾樺さんを『海底二万マイル』に連れて行ったと紗綾樺さんの口から知れれば、やっぱり出入り良くて出入り差し止め、悪ければ交際禁止になりかねない失態だ。
 あの日、僕は約束したんだから、紗綾樺さんが過去の事を思い出すような事をしないと。それなのに、海底、高波、津波。アトランティスが一夜にして沈んだ理由は、火山の噴火と天変地異的な地震に津波・・・・・・。最悪も良いところだ。
 ああ、あのマーメイドの一件で動揺していたからって、入り口で『海底二万マイルにようこそ!』って笑顔で迎えられた時に気付くべきだった。
 はぁ・・・・・・。
 思わずため息が出てしまう。これって、やっぱり思いやりの足りない男だって紗綾樺さんも思うよな・・・・・・。
 みるみる青ざめていく紗綾樺さんに、僕は慌てて紗綾樺さんの体を支えると、近くにいたギフトショップのスタッフに声をかけた。
「すいません。連れが気分が悪くなったようで、救護室はありますか?」
「あ、はい。ただいま・・・・・・」
 女性の返事が終わらないうちに、紗綾樺さんは強風に吹かれた花が根元から折れてしまうように、足に力が入らなくなったようで、その場に崩れ落ちそうになった。
 僕は躊躇することなく紗綾樺さんを横抱きにすると、『中央救護室は、こちらです』という女性スタッフに案内されて人々の間を潜り抜けるようにして救護室を目指した。

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