「さ、行きましょっか!」
敬太が私の横にそっと立って言う。
「ん? どこに?」
「それは秘密です」
半ば強引に腕を引かれ、山の中から連れだされる。
始発のバスが来るまでの時間、ただただベンチ座って待った。
敬太は終始時計を気にして落ち着かない。
もちろん祐一郎も一緒に出たが、JRの改札口で別れた。うしろを振り返ることのないその背中が、私には高揚しているように見える。
長い時間をかけてやっとたどり着いた場所は、街外れの古い病院。
外壁のヒビを補修した痕は、1本の木を描いた絵に錯覚させる。
「浅利病院? ここに誰かが入院しているのか?」
「僕の大事な人です。昨日話したじゃないですか!」
「……ぇ、あ、そうだったかな」
深い喪失感は、昨夜の記憶さえもどこかへ飛ばしてしまったようだ。
敬太はなぜ、私をここに連れてきたのか。
意図が掴めない。
そういえば、小屋を出たときからずっと、彼はソワソワしている。
はやる気持ちを抑えきれないといった具合に。
そのくせ、ある病室の前で急に尻込みした。
「ん? 入らないの?」
「なんか……恐くて」
「恐い?」
病室の中をのぞくと、ひとりの少女がベッドの上で横たわり、窓の外をボーッと眺めていた。
腕に巻いた包帯の色と変わらないほど、白い肌。
横顔だけでも十分に可愛らしい。
少女は私の視線に気付いてこちらを向き、ほんの少し眉間にシワを寄せる。
「こんにちは!」
警戒を解くための軽快なあいさつに、
「……こ、こんにちは」
と首を傾げて返す。
どちらかといえば、不審に感じているというより、なにかを思い出そうとしているときの表情に似ていた。
「沙奈!?」
すると、臆していたはずの敬太が駆け寄る。
「敬太!!」
そのあとは、私がいることなどすっかり忘れたふたりの時間。
キツく抱きしめ合っては見つめ合い、また抱きしめ合う。
大粒の涙を頬に散りばめながら。