私はいつからか、娘に対して厳格さを装うようになっていた。立派な大人に育てるには、それがいいと。
だが今はそんな父親とはほど遠い姿で、泣き崩れている。
「ん? なにか様子がおかしいぞ」
いち早く異変に気付いたのは祐一郎。
たしかに、磨理子の髪だけが小刻みに震えだした。
怒りだ。きっと、怒りにちがいない。
私のことを、断じて許せないのだろう。
「磨理子さんが……泣いてる?」
「っ!?」
敬太は、私よりも娘のことがわかるというのか。
磨理子の顔を見ようと、私は涙をぬぐった。
腕が、一瞬だけ、視界を遮る。
――…………。
しかし、磨理子は距離を詰めてこない。
「と、届いてるんですよ! 新八さんの声が!」
彼の言葉に勇気をもらい、全身全霊の思いをぶつける。
「磨理子、もう終わりにしよう。これ以上、関係のない人々を殺めてはいけない。私の命で最期にして、お前のいる場所に連れてってくれ。一緒に逝こう、さあ……」
ずっと前から、死ぬ覚悟はできていた。
深く瞼を閉じ、大きく手を広げて待つ。
すると。
『おとーさーん!』
若かりし娘の麗しい声が、頭の中でこだまする。
そのときだった。
――パシャシャシャシャッ。
「やめ゛ろーーっ!!」
敬太の叫び声。
驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。
閃光によって奪われた視界が、再び夜の森に慣れると、
「い、いない……磨理子!?」
すぐそこにいたはずの娘がいない。
「なにやってんだよ、祐一郎!」
「ごめんごめん!! つい写真が撮りたくなって……本当にごめん。わ、悪気はないんだ!」
怒りに満ちた声をあげ、彼の身体に覆いかぶさる敬太。
そして、祐一郎は自分よりもカメラを必死に守っている。
「磨理子……磨理子……私を置いていくのか?」
鼓動が一度に三度打っていたような張りつめた緊張感が消え、またも娘が遠い存在になったと痛感した。
一気に力が抜け、黒い空を仰ぎ見る。
「娘は、私を赦してくれたのか……」
その疑問を、時間が解決してくれた。
「新八さん! 3時33分を過ぎてます!」
「じゃあ、呪いは消えたってこと!?」
「そうだよ、祐一郎! 新八さんが終わらせてくれたんだ」
仲たがいもすっかり忘れ、彼らは息巻いて喜んでいるが、私は正直よくわからなかった。
愛した君江が重い罪を犯したことに変わりはないし、亡くした大事な娘の代わりなんて誰もいない。
単に、私は独りに戻っただけ。
愛すべきモノをすべてを失った、“生きる亡霊”だ。