第七話 言葉の裏には

あれから一ヶ月

真緒は何処へも行けず、家にこもっていた

〜♪

「…」

恐らく、英治だろう

真緒が病院にも学校にも行けず、家にこもっていることを誰かから聞いたのだろう

毎日のように、連絡がくる

「…」

しかし…

〜♪…プツン、

「…」

真緒がその電話に出ることは無かった


そしてもう一つ

同じ時間に、毎日欠かさず来る人がいた

「真緒くんのクラスの子に頼まれて」

二階の真緒の部屋でうっすら聞こえるのは結花の声だった

「これが今日のノートで、こっちがプリントで…」

「いつもごめんなさいね。ありがとう」

応対していたのは真緒の母親だった

「全然です!また明日来ますね」

…何故、クラスのやつじゃなく結花なのだろうか


田代たちからも連絡は来る

だけど、彼らが真緒の元へ来ることは無かった

「…まあ、そんなもんか」

田代たちは二人とも、陸上部に入ったと聞いた

しかし真緒は…

結局、どこに所属する事も無かった

「…」

毎日毎日、ベッドの上でスマホを眺める真緒

無気力な自分が嫌ではある

だけど、もう何もする気が起きない

「…」

“ガキに何が出来る”

「…っ、!」

楓の言葉を思い出しては、自己嫌悪に陥った

「…何も出来ないなんて、自分が一番よく分かってる…!!」

悔しいのに

それが正論だと知っているから

何も、言い返せなかった


その日の夜

英治が、真緒の元へとやってきた

「うわ、この部屋暗っ!!」

真緒の部屋の電気をつけ、ずかずかと踏み入る英治

「…辛気臭い顔してんな、真緒」

「…」

真緒は英治の方を向いてベッドに横になっていたが…

視線は床から離れることは無かった

「…奈千ちゃん、お前が守るんじゃなかったのか」

「…俺には、何も無いから。

あいつを守れるような力もなければ、器も持ってない…」

英治に背を向けるように、真緒が寝返りを打った時だった


ーーーガンッッ!!!!


「…っ、!!」

「…お前、何言ってんの?」

笑顔を崩さない英治

しかしその足は、力強く真緒のベッドを蹴った

そしてその笑顔の裏に、怒りがはっきりと見えた

「…っ、……」

「…楓にキツく言われたのは知ってる

無責任なこと言うなって、ガキに何が出来るんだって、そう言われたんだろ?」

「なんで…」

英治は真緒をベッドに座らせ、目線を合わせる

「…それがどうしたよ」

「!」

「お前の奈千ちゃんを思う気持ちって、そんなもんだったわけ?

…俺には、そうは見えなかったけどな」

「にい、ちゃ…」

真緒の表情に、ようやく色がつき始めた

「…楓が、お前に話があるらしい」

「…楓さんが?」

「…一緒に来てくれるか?」

英治の言葉に少し躊躇う真緒

でも…

「…わかった」

小さく、確かにうなずいた


「おーい。…連れてきたぞ」

既に夜中の十一時をまわっていた頃

英治と真緒は、楓の自宅を訪れていた

「…あぁ、来てくれたんだね」

楓は

いつもの、優しい楓だった

「…英治、少し席を外してくれるかい」

「わーったよ」

そう言って英治が楓の自室から去ると、室内は二人きりになった

「…この間は、すまなかったね」

「……いえ」

真緒の雰囲気が変わったことに、楓も気づいた

「…決して、君を傷つける目的で、僕は君にあんな事を言ったわけじゃないんだ」

楓は向かいのソファに真緒を座らせた

「…僕、母親と姉を早くに亡くしていてね。

自分の無力さが、あの頃はとても辛かったんだ」

そう言って、楓は自分の過去を話してくれた

「僕が君に伝えたかったのは…
“後悔”を、してほしくなかったんだ」

「後悔…」

「僕らみたいな大人でも、救えるものと救えないものがある

尚更、真緒くんみたいな学生には…きっと、もっと沢山、救えないものも出てくると思うんだ」

…救えないもの

それに、奈千は入っているのだろうか

「…だけど、初めから“救えないもの”としてまとめることを、僕はしない」

「…?」

「…あれからずっと、奈千ちゃんに付きっきりなんだよ、僕」

「…っ、?!」

真緒にあんな事を言ってしまった後

その償いをしようと、毎日奈千の側で

記憶が一日でも早く戻るように

楓は、奈千に語りかけていた


そしてそんな時

楓は、過去の自分を思い出していた

『あんたみたいな子供に、何が出来るの?』

『優秀なお母さんやお姉さんとは大違いなのね』

『生き残る方、間違えたんじゃない?』



楓も過去に、周りから様々なことを、心無い言葉をぶつけられて。

「…二度と、同じことはしないようにって、決めてたんだけどな……」

焦ってしまうと、どうしてもあの時のことを思い出してしまう

「…君が奈千ちゃんを想うように、僕や英治たちも、君が大事なんだ。

英治の言う通り、僕は言葉足らず…いや、言葉にして伝える事がとても苦手でね」

そして

「…僕は……」

切ない顔で、楓は笑う


「大事にしたかったものを、すぐ壊してしまうんだよ」


そう言った楓は

項垂れるように、深く深く頭を下げた

「…すまなかった、真緒くん」

「…っ、!」

「…君には、僕と同じ思いを、して欲しくなかったんだ…

僕と同じように、もう誰も、傷ついてあんな思い…してほしく、無かったんだ…」

もしかしたら

もう、記憶が戻らないかも知らない奈千

昔の…過去の奈千を追い続けていても

傷つくのは、真緒自身だと

それを、伝えたかったらしい

「…顔を上げてください、楓さん」

「…」

真緒の言葉に、顔を上げる楓

「…俺もあの日、楓さんに大声出して…色々と、言ってしまってすみませんでした」

真緒は真っ直ぐに、楓の目を見据えた

「…俺、もう一度、頑張ってみます」

「…!!」

「もしかしたらもう…奈千の記憶、戻らないかもしれないんですよね?」

…それなら

「俺、また一から始めます」

また一から始めればいい

それがだめなんてこと、無いんだから

「俺…実は楓さんに言われてから、学校にも病院にも行けなくて。

毎日毎日、ベッドの上でスマホの画面を眺めていたんです」

何をする気にもならず、毎日毎日時間が経つのをただ待っていた日々

「…でも、もうやめます。
学校にも行くし、奈千の所へも行きます」

そうしたら

「…また、奈千と話せるようになりますかね」

真緒は精一杯、笑顔で笑った


「…楓とは話せたか」

帰り道

英治の車の助手席に乗った真緒は、行きよりも確実に晴れやかでいい顔をしていた

「うん。…明日から、また学校にも戻るよ」

「…そうか」

英治も、少し嬉しそうだった

「…英治兄ちゃんも、ありがとう」

「あ?…何だよいきなり、気持ち悪い」

「?!

人が珍しく感謝の気持ちを伝えてんのに!」

「うっせ。
気持ち悪いもんは気持ち悪いんだよ」

「はあぁ?!
もう頭きた!兄ちゃんなんか…こうだ!」

「は?!ちょ、やめろって!
俺、今運転中!おい、やめろって!」

月が輝く夜空の下で、家路を走る車

じゃれ合う二人は

以前のように、明るく笑いあっていた