第十五話 二人の未来

奈千の病室へと入ると

「…っ、!!」

そこには…

「…奈千、久しぶり」

「……」

奈千の両親、智之と夏目の姿がそこにはあった

「…どうしたの、急に」

奈千はどうしていいのか分からず…
二人と目も合わせられずにいた

「…奈千ちゃん。

実はさっき、二人揃って病院に来てくれたんだ

…二人とも、自分の仕事を休んでね」

「…仕事を?」

奈千は呆気に取られていた

…無理もない

だって

二人が仕事よりも奈千を優先したことなんて、今までにあっただろうか?


家に帰るといつも、電気は真っ暗で

『ただいま』という自分の声に
『おかえり』という言葉は無く

寂しくなったら真緒の家にお邪魔して…


そんな二人が、どうして?

「…」

私の容態が良くなったから、来たのだろうか

「……」

本当、娘のことなんてどうだっていいんだ


気付きたくも無かった現実を、嫌でもこれまで見せつけられてきた奈千

普通の家庭がどれほど幸せで明るいものなのか

真緒の家から自分の家に帰った時


嫌でも気付かされ、現実を突きつけられた

「…少し、いいか」

智之が真緒と代わり、車椅子を押す

「…真緒も、良ければ来てくれないか」

真緒の方を向くことは無かったが…

智之は…そのまま夏目や真緒と、病院の屋上へとやって来た


「…今更何だと、罵ってくれて構わない」

「おとうさ…」

奈千が振り向こうとするが、いいと智之に制される

「…俺は過去に、前の妻との娘を彼女の腹の中で亡くした

それから…もうあんな思いはしたくないと、子供は欲しくなかったんだ

…特に娘は」

「…っ、!」

奈千の心がチクリと痛む

「そして…夏目と再婚してお前を授かって。
皮肉にも…また娘が生まれると知った時、俺は…どうしたらいいのか、分からなかった」

「…」

「…初婚で初めての子供だった夏目に、お前を降ろせとも言えず…お前は生まれてきた」

「……」

奈千は、黙って智之の話を聞いていた

「…せっかく生まれてきたのなら、強くあってほしい

そう思った俺は…間違った教育を、自分で気付かない間にお前にしてしまっていた」

“強い子に育って欲しい”

だからといって、娘に暴力を振るったり、冷たく当たるのは間違っている

智之がそれに気づいたのは…随分と後になってからだったという

「…長い間、俺は悩んでいたんだ

だがそれは…本当に、自分の事しか考えていなかったんだ

夏目の事も…お前の事も
本当に、考えることが…出来ていなかった」

「…」

真緒はその姿を後ろから、ずっと見つめていた

「…」

そして、以前夏目から聞いた智之の過去を思い出す

「……」

おじさんも、辛かったんだな


誰が悪いわけじゃない

みんな、それぞれ悩んでいたんだ

「…ねぇ、奈千」

頭上に広がる空を見つめたまま、口を噤む智之

夏目は奈千と目線を合わせられるよう中腰になり、奈千を見つめる

「…あなたには本当に寂しい思いばかりさせて…辛い思いを、沢山してきたと思うの」

でも…

「…薄情な母親だった私を許さなくてもいい。

だけど

この不器用なお父さんを…許してはもらえないかしら」

「…!夏目…?!」

智之は目を見開き、驚いた

「…本当に、あなたが嫌いで今まであんな態度をとっていたんじゃないの

あなたには、生きていて欲しかった

強く、強く生きて欲しかった…


本当に、ただそれだけだったの」

目に涙を浮かべ、奈千の両肩に手を乗せる夏目

「…だけど、あなたは許したく無いって…そう思うのも、無理ないと思う

本当は…こんな事、言う資格なんて無いとも思ってる

それでも…
まだ、少しでも、私たちにあなたと関わって、歩んでいける未来があるのなら…」

「…っ、!!」

「もう一度、三人でやり直すチャンスがほしい」

夏目は真っ直ぐに、奈千を見つめた




その日の夜

奈千は病室で夏目や智之と話があるからと真緒を帰らせ

真緒はというと…

「それじゃあ一段落終わったということで!!!!」

「「「かんぱーい!!!」」」

カチャンッ…!とグラスの当たるいい音がする賑やかな店内

「…」

「ちょっと真緒くん?!なぁに辛気臭い顔してんのよ!」

瑠衣がこれでもかというほど真緒に絡む

「せーっかく奈千ちゃんも新しい一歩を踏み出せるいい日なんだから!
真緒くんも、ぱーっといかなくちゃ!」

「…瑠衣、完全に酔ってるでしょ」

「もーう千尋ってば〜!
私は酔わないのよ?!なぁに言ってるのよ!!」

「おい皆川!真緒まだ未成年なんだから、酒なんか飲ますんじゃねーぞ?」

「わーかってるって!!」

あははは!とあっけらかんに笑い飛ばす瑠衣

「…あの人、ああいう人なの」

真緒が少し引き気味に隣に座る楓に耳打ち

「…俺は知らんぞ」

「いや、楓さん仮にもあの人の彼氏っすよね?」

「…オレ、シラナイ」

「ちょ、楓さーん?!」

明らかに真緒から視線を外す楓は背を向けてグラスに口をつける

「あーあー…ったく、ほら皆川、少しペース落とせ

今日は宴会ほど騒ぐ日じゃねーぞ
まだ全部、終わってないんだから」

英治がそう諭すが、瑠衣は笑顔を崩さない

「いーのいーの!
そういうのは流れに任しときゃ、なんとかなるのよ!!」

「なんとかなる…もんか?」

英治が片方の眉を下げながらグラスをぐいっとあおる

「おぉ…一条先生、いい飲みっぷりですなぁ」

キラーンと瑠衣が目を光らせる

「どう?私と飲み比べ、してみない?」

「ちょっ…瑠衣!もうその辺に…」

千尋がわたわたと止めに入るが英治も変なスイッチが入ったらしく、もう止めることは不可能だった

「…この人達、大丈夫?」

「…さぁな」

遠目でそれを見ていた真緒と楓

「…けど、あれもお前を元気づけようとしてんじゃねーの」

「…俺を?」

きょとんとする真緒に視線を向けず、目の前のグラスを傾けながら優しい顔になる楓

「あいつらほんっとバカだけど…人の気持ちには人一倍、よく気付くからさ

あいつらなりに、お前に笑ってほしいんだろうよ」

そう言って、大学生のような騒ぎ方をする瑠衣と英治
そしてそれを止めようとする千尋を見つめる楓

「…俺、真緒とはゆっくり酒が飲めそうだわ」

「…あと四年ありますけどね」

そう言って、真緒は烏龍茶を口に運んだ


翌日

奈千に呼び出された真緒は、奈千の病室へとやって来た

「あ、真緒ちゃん!」

「…ちゃん付けはやめろって、いつも言ってるだろ?」

「えへへ…だって、真緒ちゃんは真緒ちゃんだもん」

そう言って、変わらない笑顔を真緒に向ける奈千

「…」

「…?どうしたの?真緒ちゃん」

「あ、いや…」



奈千が救急車に運ばれてからまだ目を覚ましていなかった最初の頃

どれだけこの日を待ち望んでいたか…

いつもと変わらない奈千の笑顔とその言葉に

真緒の目頭がじーんと熱くなった

「…それで?俺に用事って?」

「あ、そうそう…。

実はね…」

そう言って、奈千は引き出しから一枚の紙を取り出した

「それは…?」

「…私ももう一度…頑張ってみようかなって」

奈千が取り出したそれは…

真緒や奈千の通う高校の、パンフレットだった

「…遅れちゃった分を取り戻すためにも私、もう一度受け直そうかなって」

「奈千…」

「そうしたらまた、真緒ちゃんと同じ学校に通える

…そうでしょ?」

奈千の力強い瞳に、真緒は胸が熱くなり…

「…お前のそういう所

俺、好きだ」

「…ふふっ、知ってる」

そう言って奈千を優しく抱きしめると

奈千も同じように、真緒を抱きしめた


これから先、もっともっとたくさんの壁にぶつかって

その度に、今日の日を思い出す

それでもきっと…

真緒ちゃんがいれば

私は、どんな事にも負けないと思う

「…ねぇ、真緒ちゃん」

いつの日も、今日を忘れない

「大好きだよ、真緒ちゃん」

たった一人の愛しいこの人と一緒に

大切な家族や友達と…

またここから、始めよう

「俺もだ、奈千」

照れくさそうに笑う真緒ちゃん

その瞳に、いつまでも映っていたい


私たちは、日が沈みかけた空から差し込む光に照らされて

自然とお互いに、唇を重ねたのだった



※この作品はフィクションです。