それはうぬぼれなんかじゃなくて、確信。


そうじゃなかったら、今まで通り話しかけてくれてるはず。


三浦くんは、そういう人だ。


私が傷つくことがわかってて、さけることを選んだのは、自分がだれかを好きになることを許してないから。


早苗さんからお兄さんをうばった自分が、幸せになることをさけてる。


それはあの日、早苗さんが話してくれた言葉通りで……


あのとき私は、それでも好きでいよう、彼の側にいようって決めたはずだった。


だけど現実はこんなにもつらい。


受け入れてもらえないのは覚悟できてた。


それでも友達ではいられるって思ってた。


だから、今まで通り私は彼に接したし、強くなろうと他の男子とも話せるようにがんばったのに……


ギリギリの線を越えることなく、彼の側にいることを選んだのに……


それを越えてきたのは彼の方だった。


自分でふみこえて、そしてこわしたんだ。


私との関係を、なかったことにしようとしてる。


愛里の言う通りだった。


この恋は、恋愛初心者の私にはつらくて重い。



「美羽……泣かないで?」



愛里の顔を見つめたまま、ずっとがまんしていた涙があふれだした。


だって、愛里も泣いてるじゃん。


私のために真剣に考えて、おこって、悲しんでくれてる。


きっと私が三浦くんに恋してなかったら、愛里は素直に彼に同情してたはずだ。


マンガみたいな恋がしたいって思ってたころがなつかしかった。


恋って甘くてふわふわしてて、幸せなものなんだと思ってたから。


実際はこんなにドロドロと黒い思いがうず巻いてる。


由宇ちゃんたちみたいな、幸せな恋がしたかったのに……


どこでまちがえちゃったんだろう?


羽生くんを好きになってれば、今ごろどんなクリスマスをすごすのかをふたりで計画したりしてたのかな?


そんなずるい感情がよぎる。


好きでもないくせに、楽になりたくてそんな風に思うなんて最低だ。


羽生くんのやさしさに甘えることなんかできっこないくせに。



「愛里ぃ……私、もうどうしたらいいのかわかんない」



泣きじゃくりながら、目の前の愛里に抱きついた。


そんな私をしっかり受け止めて、背中をそっとさすってくれる。



「それでも、好きなんでしょ?」



柔らかな温もりが私を包み込む。


同じシャンプーを使ってるはずなのに、愛里の髪からはいい香りがした。


女の子の憧れの的みたいな愛里が、私の親友だなんてウソみたいだけど、こうしていつでも私の気持ちをわかろうとしてくれる。



「……うん」



「そっか」



「でもね?」



「うん?」



「もう……あきらめようとおもう」



それは昨日からずっと考えてたこと。


あきらめるなんて口では簡単に言えても、心はそうできないってわかってる。


それでも私が三浦くんを好きでいる限り、周りの人を傷つけてしまう。


愛里も羽生くんも、そして三浦くん本人でさえ。


私があきらめて前に進めば、だれも傷つかずにすむような気がした。



「……それでいいの?」



愛理の顔が心配そうに私を見る。



「それがいんだよ……きっと」



他人事みたいに言いながら、この先他の人を好きになることなんて出来るんだろうか?と思った。


あの夏祭りで、初めて好きになった相手が三浦くんでよかったって確かに思ったのに、もし三浦くんじゃなかったらこんなにつらい思いをしなくてすんだかもしれないって、思ってる自分もいる。


初恋は実らないもの。


そう、どこかで聞いたような気がする。


すぐに忘れられるはずもないけど、時間とともに思い出に変えていけるのかもしれない。


あんなにゆうくんのことが大好きだった愛里が、また新しい恋をしてるってことがその証拠だ。


心配そうにまだ見つめてくる愛里に、私は小さくほほえんだ。



「愛里に負けないように、私もまた新しい恋を見つけるよ」



その言葉に少しだけおどろいた顔を見せた愛里は、一瞬悲しそうに目をふせたけど、最後にはふっきったように



「美羽がそう決めたなら、私はそれを応援するよ」



と、笑顔を見せてくれた。






それは2時間目と3時間目の間の休み時間にふいに起こった出来事だった。



「丸山!すきあり!」



背後から男子が数人近づいてたことなんて全然気づかなくて。



「やっ…!!」



小さな悲鳴をあげて、私はその場にしゃがみ込んだ。


冷たい床にペタリと座り込んだ私の周りで、愛里とちょうどうちのクラスに遊びにきてた夏帆ちゃんの怒鳴り声が聞こえる。



「ちょっと!あんたたち!いーかげんにしなさいよ!」



守るように囲まれたその中で、ジワリと涙がにじんできた。


恥ずかしいのと怖いのといろんな感情が混ざり合う。


大丈夫?と背中をさすってくれる由宇ちゃんにも、返事ができない。


今日に限って体育もないから、スカートの下に半パンをはいてなかった。


見られた?という思いと、幼いころ男子にからかわれたトラウマがよみがえる。


最近、男子たちの間でスカートめくりが流行っていて、女子も警戒を強めてあえて見えてもいいようにハーフパンツをスカートの下にはくのが当たり前になっていた。


でもめくられてるのってわりと男子と仲のいい目立つような女子が多かったから、油断した。


まさか自分がされるとは思ってもいなかったから。


しかもこんな風に過剰に反応したせいで、教室の空気はびみょうなものになっちゃってる。


いまさら、立ち上がって普通の顔なんか出来ない。


軽いいたずらだったはずな行為は、いじめに近いような雰囲気をかもし出して、どうしていいかわからなかった。



「…っにしてんだよ!お前ら!」



男子と女子の言い合いに割って入る声がして、みんなが一斉にそっちに注目する。



「やっていい相手とそうじゃない相手くらいわかるだろ!?」



その声にすぐさま反論したのは夏帆ちゃんだ。



「ちょっと待ってよ、羽生。やっていい相手ってだれのこと?」



「ほーんと、聞き捨てならないんですけどぉ」



愛里もそれに参戦して、助け舟を出したはずの羽生くんを責め立てる。



「え?いや、そーいう意味じゃ……」



一瞬ひるんだすきをついて、今度は男子たちが調子に乗り始めた。



「つーか、羽生が一番よろこんでたりしてー」



「はぁ!?なんだよ!それ!」



「そーだよなぁ、丸山とうわさになってたしぃ」



「いいかげんにしろよ!お前らぁぁぁ!」



笑い声と怒鳴り声とたくさんの声が混じり合って、そのままバタバタと足音が聞こえたと思ったら、それらは廊下の向こうへと消えていった。

シンと静まり返った教室内で、どこからともなく吹き出す声。



「ぷっ」



「くっくっく」



「やばい、羽生ってば、あいつ最高」



「ナイス、キャラ」



愛里と夏帆ちゃんが笑いながらそう言うと、私の背中をさすってくれていた由宇ちゃんまでクスクス笑い出した。


私もなんだかおかしくなって、つられて笑ってしまう。



「あー笑ったぁ。あ、ごめん、美羽大丈夫?立てる?」



急に思い出したように愛里がそう言いながら、私の腕を軽く引っ張った。


もう片方の腕を由宇ちゃんがささえてくれて、ゆっくりと立ち上がる。


一度、大きく息を吐き出してから、ぐるっとみんなの顔を見回した。



「ごめん……それから、ありがと」



大げさに反応してしまったことと、見られたかもしれないはずかしさ。


だけど、あの空気を一瞬にして変えてくれた羽生くんに感謝だ。



「ビックリしたよね?もーひどいよ!」



由宇ちゃんはそう言って怒ってくれたけど。



「まあ、あいつらも悪いけど、美羽も半パンはいてなかったのは、痛恨のミスだったよね?」






「いーや、美羽ちゃんは悪くない!悪いのはあいつらだ!」



夏帆ちゃんもそう言ってはくれたけど、やっぱり愛里は私のミスを指摘する。



「そうはいっても、男子なんて子供じゃん。あんだけ流行ってたらちょっとは自分もやられるかもって可能性考えないと」



「……うん、今日体育なかったから忘れてた」



「でもほら、美羽ちゃんは部活も入ってないし、忘れちゃっても仕方ないよ。ああは言ったけど、羽生のいうとおりやる相手考えろって感じー」



夏帆ちゃんが口をとがらせながらそう言ってかばってくれると、愛里もようやくそれもそーだね?と納得してくれた。


愛里の言いたいことはわかる。


あんな風になるのはわかりきってるんだから、もっと自分のことは自分で守れってことだ。


今回はたまたまみんながいてくれて、羽生くんも助けてくれたけど、一人だったらと思うとゾッとする。


もっとおおごとになって親とか呼びだされたりしたらやだもん。

中学の頃も流行ったことはあったけど、まさか高校生になってまでそんなことがあると思ってなかったし、なにより自分がターゲットになったことに一番ビックリした。


やっぱりやることは男子のが幼いのかもしれない。


そういうとこから見ても、三浦くんは絶対やらないだろうなって、ついつい比較しちゃうのは仕方ないよね?


以前ならこういうとき助けてくれるのは三浦くんだったけど、今はすっかり羽生くんの方が私を助けてくれる確率が高い。


パンパンとスカートをはたきながら、なにげないふりをして三浦くんの席の方を見た。


そこに三浦くんの姿はなくて、そのことに自分が少しホッとしてるのを感じる。


見て見ぬふりしていたわけじゃなくて、その場にいなかったから助けに来れなかったんだって、思いたかったのかもしれない。



「美羽ちゃん?どうかした?」



由宇ちゃんに声をかけられてハッとした。



「ううん、なんでもない、もう大丈夫。ありがとね?」



ニコッと笑ってみせると、由宇ちゃんもそっか、よかったって笑ってくれた。



「それより、クリスマスだよ!どうする?」



愛里がはりきってみんなに予定を聞いてるのを見て、こないだのあれは本気だったんだとビックリした。


てっきり私をなぐさめるために気をつかってくれてるんだとばかり思ってたから。



「ちょっとちょっと愛里?二人とも彼氏いるんだし、あんまりムリいったら悪いよ?」



困ってるんじゃないかと思って、そう言うと意外にも夏帆ちゃんも由宇ちゃんも乗り気だったみたいで。



「いや、大丈夫だよ?たぶん先輩とはイブに会うから」



「うん、私も五十嵐くんとはイブに会う約束してるから、クリスマスは空いてまぁす」



そっか、恋人同士はイブに会うものなのか……なんて、ついつい感心してしまう。



「それに女子会は女子会で楽しそうだし、やりたいやりたい」



「私も楽しみ!美羽ちゃんはなんのケーキがいい?」



愛里が持ってきた雑誌を見ながら、みんなでああでもないこうでもないと話し合ってる姿を見て、すごくあったかい気持ちになった。


毎年、クリスマスは家族で過ごしていたし、愛里とはプレゼント交換くらいはしたけど、特に一緒にクリスマス会をやったことはなかった。


女の子だけでクリスマスのお泊まり会とか、初めての経験でワクワクする。


だから、さっきのスカートをめくられたことなんてすっかり忘れてた。


男子もそのあと、特にそのことに触れなかったし、羽生くんもなんでもないような顔でふざけてたりして。

初恋マニュアル

を読み込んでいます