「うるせーよ」
「そんなイライラすんなって伊藤。どうせ今回も遊びだったんだろう」
「あの女ぶっ殺す……。恥かかせやがって」
 三人の不良が廊下に横に並ぶと、悪い空気があからさまにそこに漂っていた。思わず怖さに身じろいだその瞬間、ぱっと伊藤君がこちらを向いた。正しく言えば私の隣にいる日向君のことを見た。
「あー超優等生の日向様じゃーん」
 タイミングよく八つ当たりができそうな人を見つけた、というように彼は笑った。けれど、明らかに嫌そうな表情をした日向君に腹が立ったのか、伊藤君は舌打ちをしてからこっちにどんどん近づいてきた。日向君は怯えてる私に気づき、「早くペンキ届けなきゃいけないんじゃないの」と言った。先に早く帰れってことだろう。
「で、でも……」
 私が戸惑っていると、日向君はこれでもかというくらい低い声と怖い顔つきでささやいた。
「早く、いいから」
「は、はいっ……」
 その迫力に押されて、思わず、返事をしてしまった。私は戸惑いながらもその場から立ち去ったけれど、心臓の脈打つ音はどんどん速まっていった。何より、日向君を置いていってしまった罪悪感で胸はいっぱいだ。いくらなんでも、このまま見過ごして帰るわけにはいかないよ。
「いざとなったら加勢」
 私はそっと階段の陰に隠れ、座り込んだ。廊下に響く伊藤君の声に耳を澄ませる。私なんかが行ったって足引っ張るだけだろうと分かっているけれど、助けを呼ぶことはできる。
 しんとした廊下は、呼吸音さえ邪魔になるほど張り詰めていた。
「俺さあ、日向みたいなの嫌いなんだよね。いっつもすかしてて、無関心で。お前、自分以外はみんなバカだと思ってんだろ」
 日向君はまだひと言も発していない。私は、怒りで頭がどうにかなりそうだった。何を言ってるのあの人。勝手な先入観で日向君のこと悪く言って。