横でお通しの準備をしていた宮本さんが、こっそりと俺に話しかけてきたが、俺はなんでもないと首を横に振った。
「年、疑われただけ。とくに連絡先しつこく聞かれるとかでもないし」
「なんかあったら言えよ。客にストーカーされて、っていう事件もよくある話になってきてるからな」
 ストーカーのように、恨みやもしくは度が過ぎた好意があって、絡んでくるようなタイプじゃない気がする。ただ、なんとなくだけど、俺の何かを知りたがっているような、そんな素振りが見受けられる。
「すみません、注文いいですか」
 彼女の心の中を読み取ろうと集中したとき、タイミングよく他のお客さんに呼ばれてしまった。
「生ハムグリッシーニと、乾きものの盛り合わせ、頼むよ」
「かしこまりました」
 オーダーを取り終えて、彼女に目を戻すと、もうそこに雪さんはいなかった。
「マティーニ飲まずに帰っちゃったよ。何か急用でもできたのかな」
 宮本さんは、雪さんから受け取ったであろうお金をレジに整理しながら、不思議そうにそう呟いた。俺は、ドアを見つめながら、彼女の心をこの日読み取れなかったことを後悔した。