日向君はエナメルバッグからタオルを取り出して私の頭をわしわし拭(ふ)いてくれた。このタオル使ってないからと言って貸してくれたタオルからは、確かに清潔な香りがした。ふと、なんとなくタグを見ると、黒マーカーで佳澄と書かれていた。それを発見した瞬間、思い切り噴き出してしまった。
「あはは、名前書いてるんだ、私物に」
「あーコレ、宮本さんが無理やり書いて……」
 折角ブランドもののおしゃれなタオルなのに、一気にタグが台無しになっている。
 私はしばらく笑った後で「タオルありがとう」とお礼を言ったけれど、日向君はムスッとした表情をしていた。
「俺だって嫌だったよ。でも、口ゲンカしたときの腹いせに書かれたんだ」
「でもやっぱり佳澄って名前、綺麗だね。どんなに下手な字で書いても綺麗だよ」
「そうかな……? 別に普通だと思うけど」
 日向君はタオルのタグをまじまじと見つめながら言った。こんなに綺麗な名前なのに気づいていなのはもったいない。
「じゃあさ、今度書いてよ、俺の名前」
「いいよー、任せてっ」
 そう笑顔で返した瞬間、後輩が後ろからパタパタやってきた。
「部長、部室の片づけも終わりました」
「ありがとう、もう帰って大丈夫だよ」
 日向君は後ろでまた地味に“中野って部長だったんだ……”と呟いていた。あまりに驚いたような顔をしているので、どういうことかと腕を小突くと、彼はまた小さく笑った。
「じゃあ俺、帰るね」
 綺麗に絞った雑巾を元の場所に戻すと、彼はひらりと手を振ってゆっくりと廊下を歩き出した。慌ててまたねと背中に向かって声をかけたが、彼は後ろ手に手を振るだけ、振り返らずに帰ってしまった。
「日向先輩って、やっぱりちょっと不思議ですよね。どういう人を好きになるのか、想像がつかないっていうか……」
 後輩の女の子が、日向君の背中を見つめながら、分析するようにぽつりと呟いた。私は、雑巾を握り締めながら、同じように彼を見つめて、そうだね、と返した。