「……あ、それ」
 破けたのは、先ほど新聞紙の上に広げた失敗作だった。きっと風で吹き飛ばされて床下に落ちてしまったのだろう。そんなの別に破けても大丈夫だよ、と言おうとしたけれど、日向君の顔は真っ青だった。
「あーあ、やっちゃったな、日向。これ、中野の最高傑作だったのによぉ」
「えっ、これどう見ても失敗作ですけど、先生」
 なぜそんなに意地悪なことを言い出すのかこの人は。私は慌てて否定したが、日向君は口元を手で隠したまま固まっていた。
「お詫びに片づけ手伝えよ、日向」
「あの、バイ……」
「まさかバイトがあるなんて言わないよなあー? じゃあ、あそこの畳についてる墨の染み落とし、よろしくー」
 あの染みは、以前、朝倉先生が自らこぼした墨の染みなのに。ものすごく日向君が不(ふ)憫(びん)に思えたけれど、この先生に目をつけられた時点でもう逃げられないことは決定済みのようなものだ。日向君は何も言い返せなくて、ただ固まっていた。
「じゃ、よろしくな日向。先生は今日これから会議なので抜けます」
 先生の足音が部室から消えて少し経った後、日向君は教室の隅にある掃除用具入れから雑巾とバケツを取り出した。
「日向君、バイトでしょ? あとは私がやっておくから気にしないでね」
「いや、大丈夫。俺が中野の作品破っちゃったんだし」