そう言うと、中野はうっと声を上げて押し黙ってしまった。中野は、面白い人だと思う。見てて飽きないし、表情がくるくる変わるから、心を読まなくたって今どう思っているか分かりやすい。中野はその後もこりずに俺の考えていることを予想し出した。でも、早く寝たいとか、早く家帰りたいとか、全部かすりもしていなかった。それを告(つ)げると、中野は拗(す)ねたように口を尖(とが)らせた。
「じゃあ、何考えてるの今、本当は」
「……中野がふらふら車道側歩いてたから、危ないなって思ってただけだよ」
「その、日向君のたまにある紳士発言はなんなんだっ」
 本当に今思っていることをそのまま伝えただけなのに、中野は頭を抱えている。周りの塀にぶつかりはしないか、危なっかしくて見ていられない。
「んじゃ、日向君。自転車置き場、もうすぐだからこの辺でいいよー。送ってくれてありがとう」
 中野の家はもっと遠くにあるってこと、俺が寝不足で少し体調が悪いことを随分前から察していたということ、だからすぐに帰してあげなきゃと思って、家は近くだと嘘をついたこと、全部バレていると知らない彼女がおかしくて、気づかれないようにうつむいて口を手でふさぎ笑った。
「えっ、日向君もういいよ本当に。早く戻らないと紫苑さんにシメられるのでは……」
「……俺ちょっとこっちに用事あるんだ、買い出し頼まれてて」
「あ、そうなんだ?」
 中野はやや半信半疑の表情を浮かべていたが、俺はこれ以上問われないように先を歩いた。なんとなくまだ帰りたくなかった。知らなければよかった感情の逆は、知ってよかった感情だ。今、中野の心に触れて、そういう考えもあるのだと初めて気づいた。中野はどうして、俺の卑屈さがバカバカしく思えるような、そんな考えをくれるんだろう。
「日向君、今日は早く寝た方がいいと思うよ」
「……うん。そうする」
 見えない優しさが見えたりする。初めて見つけたかもしれないな、この能力のいいところ。