そう言って、中野は俺があげた飴玉を口の中に放り込んだ。スーパーボールくらいの大きさの黄色いレモン飴を口に含んで、彼女はまた屈託のない笑みを浮かべた。
「……俺の思考なんか読んだって面白くないよ。きっと」
「確かに。睡眠のことしか考えてなさそうだねー」
 中野はうんうん頷きながらそう言った。悪気はあるのかないのか、オフ状態では不明だ。
 アスファルトの割れ目から草が伸び放題の道を並んで歩く。すぐ真横では何をそんなに急いでいるのかというくらいのスピードで車が走り去っていく。ここに住む人たちの感情が読めたからって一体なんの役に立つというのだろう。
「……中野はさ、こんな能力ほしい?」
 ぼんやり口を突いて出た質問が、茜(あかね)色の空に放たれた。それは、もし俺の能力を知る人が現れたら、俺の能力をどう思うのかとか、怖くないのとか、そんなことより、ずっと聞きたいことだった。ずっとずっと、知りたいことだった。
 今、彼女の心を読めばどう思っているか分かる。でもそれは怖かった。ほしいと言われても、いらないと言われても、きっと俺はどっちでも満足しない。本音じゃないかもしれないから。なのに、聞いた。答えなんか聞きたくないのに、聞いた。中野は、一瞬黙ってから、のんびりした口調で答えた。
「そりゃ、そんな能力あれば、人間関係とか勉強とか全部上手くいくんだ! 最高! って思うけど……でも、全部読めちゃったら、上手くいっちゃったら、つまんなそうだなとも思う。……知りたくない感情も山ほどありそうだし」
 そうだ。知りたくない感情なんてこの世には捨てるほどある。笑顔の裏とか、分かんなくたっていい感情が。こんな能力、死にたくなるほどいらなかった。
「でもさ、その逆もあるよね」
 その言葉に、俺は露骨に眉間にしわを寄せた。
「実はイカついお兄さんがチワワ好きだったり、そういう意外な内面に気づけるんだもんね」
 まあ確かに“見かけで判断”はしなくて済むけれど。中野は怪(け)訝(げん)な表情をしている俺の前に人差し指を差し出した。
「じゃあ今から、日向君が考えてることを当てますっ」
「はあ……」
「あそこのケーキ屋さんのチョコケーキが食べたい」
「それって中野の願望じゃないの?」