「び、びっくりした……! 突然どうしたの、日向君」
 まだ心臓がドクドクと脈打っている。聞こえるんだ。さっきの奴らの声、企み、感情が、気持ち悪いほど自分の体の中に流れ込んでくる。
「日向君、大丈夫……? 顔、真っ青だよ」
 早く、早くオフにしなくては。 
 焦ると余計にその意識に集中してしまうからオフにしていても聞こえてしまう。思考を消せ。何も考えるな。真っ白になれ。呪文のように何度も自分に言い聞かせる。
「佳澄、女の子連れ込んで何してんだ」
 心臓の辺りを押さえて呼吸を整えていると、目の前には、おいおいと少し焦りながらも怒っている、いかつい男性が現れた。スキンヘッドにブラウンのサングラスをしたイカつい男性――この店の店長。宮(みや)本(もと)紫(し)苑(おん)だった。その瞬間、一気にこの空間が安全圏に思えて、安堵のため息とともに強張っていた体の力が抜けた。
 薄暗い部屋にはお酒のビンだけが怪しく光り、L字に曲がった長いテーブルに赤い丸椅子がいくつか等間隔で並んでいる。見慣れたその景色が俺を落ち着かせた。客が一人もいないときは、この店には不思議と、まるで理科実験室のような空気が漂っている。静かだと、少し怖い。でもこの空気が、俺はなぜか一番心地よくて落ち着くのだ。顔を見るだけで何も言わない俺に、もう一度、宮本さんが問いかけた。
「何、お前、彼女?」
「彼女に失礼だろ、やめろよ、そういうの」
 本気でうざったそうに答えると、宮本さんは拗(す)ねたように口を尖(とが)らせて、聞いてみただけだろう、と俺の背中をバシッと叩いた。これがまたバカ力で痛いのだ。ムカッとして思わず叩き返した俺を見て、中野は笑みをこぼした。
「ごめんなさい、突然お邪魔してしまって。日向君のクラスメイトの中野サエです」
「はじめまして、宮本紫苑です。この店のオーナーです。佳純にとってはオーナーというだけでなく、保護者的な存在でもあるんですけどね」
 宮本さんがどんな態度を取るか正直どぎまぎしていたが、接客時と同じフレンドリーな対応で安心した。  
「佳澄って、普段学校だとどんなキャラなの?」
「おい、いいってそういうの、聞くなよ」