秋ちゃんは、大事な友達だった。

初めてあったのは、五年前。小さなライブバーだった。
音楽を聴くことは好きだったけど、そんな場所に行ったことは無かった。

その日は、ひどく落ち込んでいた。

前の日に、所長に呼びだされたのだ。
在宅ヘルパー1年目 若いから。と理由で可愛がられる場合もあるけど、若いから。と理由でイヤミを言われることも多々あるのだ。
大体にして まだ23年しか生きてない私に、80代の方が満足する酢の物の味なんか作り出せるはずがないのだ。これでも 一所懸命、家で練習してから行ったのに。
「味が合わないからヘルパーを変えて欲しい」と連絡が来たとかで
本当は、仕事が終わったら直帰できるはずが 事務所に行かなければならなかった。
ここのお宅は、今日3箇所目で くたくただった。
事務所に着くと どんなふうに作ったのか。どんなことを言われたのか 話した上で そこの担当を離れることになった。
所長は「若いのだから、これから沢山経験を積めば良い」と言ったが
素直に受け取れなかった。

今日、休みなことが有難かったのだが

趣味で書いてる絵を書いてる時に
チャイムが鳴り それにびっくりして勢いよく立ち上がったせいでパレットをひっくり返してしまった
近くにあったお気に入りのクッションは オレンジの絵の具がべったりとついてしまった。

「弱り目にたたり目だわ……」

チャイムは、宗教の勧誘だった。

部屋に戻り座り込み なんだか泣き出しそうな時に電話がなった。

光くんだった。

「さーちゃん、今大丈夫?」

「大丈夫ばないけど、電話は大丈夫。なにかな?」

「なんかあった?」

「大丈夫、取るに足らないことよ。で、用事があったから掛けたんでしょ。なんだろか。」

「なんだよー。しょぼくれた声だな。」

「いいから。何かな。用件!」

「あ、今日 最近仲良くなったシンガーさんの歌聴きに行くけど一緒に行く?前ちょっと興味持ってたじゃない。車でCD流してたら。今日は三組ぐらい出るけど どの人もうまいよ。男性、男性、女性かな。」

「あー、あのCDの人か。ちょっと気になるっちゃ気になるけど。私、ライブバーなんか行ったことないよ。何着てけばいいかわかんないよ。」

「普段着で大丈夫だよ。行く?行くなら6時頃迎えにいく。」

「んー。せっかく休みだし。じゃあ行きます。」

「分かったよ。じゃあ後で。」

電話を切って しばらくクッションを眺めていたが
「切り替えるか。」と呟いて片付け始めた。

普段着。とは言われたが 光くんと出かけるの久しぶりだし、一番気に入っているチェニックを引っ張り出して着ることにした。

光くんと付き合って5年。四歳年上の彼は、とてもやさしい。
最近、インディーズや それ以前のシンガーたちの歌を聞きに行く楽しみを覚えたらしく
お気に入りのシンガーを見つけては足を運ぶようになった。まえから一緒に聴きに行こうと言われてはいたけど
なれない仕事で、余裕がなかったのでなかなか行けなかった。

迎えに来た光くんとの車では、今日聴きに行くシンガーの歌が流れていた。

「この、“東野 秋 “って。本名?芸名?」

「本名らしいよ。かっこいい名前だよね」

「どんな人?」

「すごくいい人。かっこいいよ。失礼ないようにね。」

「別に聴くだけでしょ。話すつもりないし。挨拶ぐらい普通にできますですわよ。」

「ごめんごめん。まぁ雰囲気の良い店だから 楽しめるといいね。」

小さな雑居ビルの2階に その店はあった。

その名も「Little」名前の通り お客さんが15人ぐらいしか入らない小さな店だった。

入るや否や、入口で

「お、光くん!」と声をかけられる

マスターやら常連さんと楽しげに話し出す。いつのまにこんな交流関係を開拓していたんだろ。とぼんやりその様子を見つめる。

案の定「あ、彼女です。」
なんて紹介されて「わー、かわいいじゃない。光くんやるね。」なんてあまり好きじゃない展開に発展して もはや帰りたくげんなりしてたら
ギターのチューニングを合わせる音が聞こえてきた
始まるらしい。飲みものを注文して席につく。

小さなステージで 挨拶もそうそうに 1曲目が始まった。

車で流れていた曲だった。

CDとは良い意味で全然違う 音が体に入ってきた
軽く そして優しく包み込むようなギターの音色だ。

楽しそうに そして優しく笑う そんな彼が、まだ話してもいないのに すごく身近なものに感じられた。

はじめて秋ちゃんに出会った。夏の終わりの夜のことだった。