ーアーちゃん。
俺の初恋の人。
お互いにアーちゃん、セーくんって呼んでたから名前は憶えていない
けど、俺にとって特別な存在だったことに変わりはない。
7歳のとき、母親に連れられて俺の家に来たアーちゃんは、可愛らし
くて、でも簡単に崩れてしまいそうで…
守ってあげたいって、思った。
その日から俺の家に住むことになったアーちゃんははにかみ屋さん
で、何を聞いても答えてくれなかった。
だから俺は、そんなアーちゃんが俺に何でも話せるようになるよう努
力したんだ。
そして、ある朝。
「…セーくん…///」
聞きなれた声が聞きなれない言葉を発しているのが聞こえて、俺は振
り返った。
そこには、顔を真っ赤にしてうつむいているアーちゃんがいた。
「えっ…」
アーちゃんは真っ赤な顔をあげて、照れたように笑った。
「へへっ…///『桐谷くん』は堅苦しくてやだから、『セーくん』にし
ちゃった…///」
その天使のような笑みに、恋に落ちたんだ…。
・・・・・・・・・
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・・・・・・・・・
ピンポ~ン
緊張しながらチャイムを押す。
「はーい♪」
中から、アーちゃんの母親が出てきた。
「これから1ヶ月間、よろしくお願いいたします」
俺はきちんと挨拶をした。
…おっと、自己紹介を忘れていたな。
「あっ、自己紹介遅れてすみません。桐谷 晴です」
あら~晴君!これからよろしく~♪などと1人で喋っている母親に適当
に相槌を打ちながら部屋の中を見回してみると、奥の方で呆然として
俺をじっと見つめている藤澤と目が合った。
…藤澤?
「あれ、藤澤?」
思わず声が出た。
なんでお前がここにいるの?
「ここ、藤澤の家?俺、これから藤澤と暮らすの?」
藤澤。お前が『アーちゃん』なのか?
ふと、入学式のことを思い出した。
藤澤を見て、確かに俺はアーちゃんに似ていると思った。
あの時の俺の直感は、正しかったんだ…
「なんでハルが同居人なの⁈あたし、絶対認めないんだからっ‼‼」
藤澤が騒いでる。
「もう決まったことなの、仕方ないでしょう」
藤澤の母親は娘をたしなめると、俺に向き直った。
「晴君、愛音とお友達?」
友達じゃな~い‼と抗議する藤澤を無視して、俺はお得意の営業王子
様スマイルで答えた。
「友達っていうかですね…クラスメートです」
すると藤澤の母親は、とんでもないことを口にした。
「へぇ~。見た目仲良さそうだし、大きくなったら家に来てもらおうかしら。愛音のいい旦那さんになりそ…」
「「はあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!??????」」
俺たちは思いっきりハモッた。
「ねえお母さん、ハルはやだよ。絶対やだよ。1人で留守番できるか
ら、今すぐにこいつを家に戻してよ、ねえ…」
あたしがお母さんに懇願していると、
リリリリン♪
電話が鳴った。
「もしもし?」
よそ行きの声でお母さんが対応する。
電話の間、あたしはこの5分間の間に起きたことを一から思い出した。
まず、ハルが同居人になった。
…この時点であり得ないことしてるんですけど、お母さん。
そして、ハルに「愛音のいい旦那さんになりそう」と言った。
あたしの大っ嫌いなハルに、「旦那さんに」とか頭狂ってるでしょお
母さん!ふざけるな!←母親にそんなこと言っていいのかなぁ~?
「せ~い君♪」
ウキウキのお母さんがハルに声を掛ける。
「はい……?」
引きつった笑みのハル。
そりゃそーだよ、お母さんちょっと…いやかなり、不気味だもん。
「あなた、小さい頃愛音を預かっていてくれた家の息子さんでしょ?
愛音がセーくんって呼んでた」
するとハルは、いきなり目を輝かせた。
「そうです‼覚えていてくれたんですか?」