燈花会は今日までらしく、みんなが最後の見学に行ってしまってから、店は静けさに包まれた。

こういう沈黙の時間も、落ち着きを感じている自分がいる。

「お前も行けばよかったのに」

最後の皿を拭きあげていると雄也が丸イスに座って言った。

「この間見たし、もう十分だよ」

「まあ、そうだな。毎年、イヤでも見ることになるしな」

ふう、と息をついた雄也が、

「ほら」

と、お茶を入れてくれた。

「ありがとう」

カウンターに座って雄也と向かい合った。

「なん」

鳴き声に足元を見ると、ナムが私を見上げていた。

「ナムはごはん食べたかな?」

そう尋ねると、するりと私の膝に飛び乗ってきたから驚いてしまう。

「お前もようやく認めてもらえたみたいだな」

ふっ、と笑った雄也を見て、それからナムを見る。そっと頭をなでると気持ちよさげに喉を鳴らした。

「うれしいな」

「ふ。安上がりなやつ」

鼻で笑う雄也が真っ暗な窓の外を見た。

「よかったね。手葉院もそのままだし、これで全部解決だね」

「ああ、そうだな」

雄也は立ち上がって店の戸に向かう。

戸の外に出た雄也が、

「こっち来てみ」

と、手招きをしたので行ってみる。

蒸し暑い奈良の夜。

「ほら、手葉院を見てみろ」

「ん?」

真っ暗な階段を見て、それから視線を上に向けると……。

「げ」

黒い小山の上に、いくつかの火の玉が浮かんでいるのが見えた。

「お盆の奈良にはこういうことも起きるさ。火の玉は、祈りのある場所に現れやすい、という迷信がある。つまり、和豆を恨んで出てきたわけじゃなくて、燈花会が始まったせいだろうな」

「そっか……。燈花会は祈りを表しているって言ってたもんね」

もう不思議な出来事を自然に受け入れられる私がいる。友季子さんだって見えたくらいだもんね。

静かに動く光を見ていると、

「これが奈良だ」

やさしい目で見つめる雄也を見て私もうなずく。

ここに来てからのことを思い出す。

たった数カ月でこれだけの経験をしたんだから、これからもきっといろいろあるだろう。そのたびに悩んだり、迷ったりもすると思う。

だけど、それを楽しみにしている自分がいる。

「奈良っていい所だね」

「今さら気づいたのか?」

「うん」

笑顔で言ってから、もう一度山の上を見た。