「そっか。なんや、心配して損したわ。じゃあ、手葉院もそのままかいな?」

ふう、と赤いワンピースの園子ちゃんは胸をなでおろした。

げっそりとやつれた和豆が隣でふてくされている。

「だって仕方ないじゃないの。あたしだって霊に恨まれてまで移転したくないわよ。残念だけどハッキリと断ってやったわ」

「強制執行とかされへんの?」

それは私も気になっていたことだ。よくそういう話を耳にするから。

だけど、和豆は平気な顔をしている。

「例の市役所のふたりと、その上司を昨夜うちに呼んだの。その場で障子を開けて火の玉を見せてやったわ。震えあがって逃げていったわよ」

「すごい……」

思わず出た感嘆の声に、和豆はまんざらでもない様子で、

「あの子たちもいい仕事してくれたわよ。昨夜はこれまで以上に飛び回っていたもの」

と、すっかり慣れてしまったらしく、ペットみたいに言っている。

「てことで、詩織ちゃん。これからも食事を運んでね」

「……はい」

すっかり忘れていた。

だけど、みんなとこれからも一緒にいられるなら全然平気。

「遅くなってごめん〜」

戸が開くと、夏芽ちゃんが飛びこんできた。

「遅いやないの」

園子ちゃんの声に、

「お盆なのに部活あるなんて最悪」

と、日焼けした真っ黒な顔で笑いながらイスに座った。常連さんはみんなこの辺りのご近所さんで顔見知りだ。

「あれ? 竜太さんたちは?」

今日は、常連さんたちで燈花会を見に行くようだ。不思議そうな顔で尋ねる夏芽ちゃんに私が答える。

「結婚式の打ち合わせが長引いているようです。現地に直接行くとのことです」

「そうなんだ。あー、お腹すいた!」

みんなの視線が雄也に集まる。隣で手際良く料理をしている雄也の横顔を見て、私の顔は自然にほほ笑んでいた。

ああ、私、やっぱりこの店が好きなんだな、と最近は毎日のように感じている。

「用意して」

「はい」

雄也の合図にも笑顔で応えられる私になれた。

熱々の湯気が出たお盆をそれぞれの前に置くと、誰からともなく歓声があがった。

「なに、これ。すごい料理の数やん」

園子ちゃんの驚きは無理もない。小皿に載せられた数々の料理。

『湯葉の梅しそ巻き』にはじまり『花みょうがの天ぷら』、すべて雄也が朝から厨房にこもって作ったものだった。