やはり起きてしまったらしく、和豆の裏声が響き渡っている。

「和豆!」

走りながら叫ぶ雄也の声に、

「雄ちゃん! ぎょええええ」

絶叫で答える和豆。和室に飛びこむと、長ほうきを手にした和豆がそれを必死で振り回していた。

窓ガラスの向こうにあるそれを見て、私は息を呑んだ。

炎をまとった丸いものが、ゆっくりと宙を泳いでいたのだ。

「火の玉だ……」

「だから言ってるじゃないのよ! あんたたちぃ、あたしを残してどこ行ってたのよ!」

標的が変わりそうなので、

「そんなことよりどうしよう」

雄也を見ると、難しい顔をして考えこんでいる。

「雄ちゃん!」

和豆の声に雄也はようやく顔を上げた。

「鬼火は良くないな」

「鬼火って?」

私が尋ねると、雄也は腕を組んだ。

「鬼火というのは、火の玉の別名だ。人魂とも言うが、どちらにしてもこれだけの数があるのは良くなさそうだ」

「だから前からあたしが言ってたじゃないの! それよりどうすればいいのよ!」

うわああ、と叫ぶ和豆は冷静さを失いすっかり取り乱していた。

「なんで急に現れたんだろうな」

窓ガラスに近づいて、つぶやく雄也の腕をとっさにつかんだ。

「ちょ、危ないよ」

「危なくないさ。俺たちはなんにもしてないだろう?」

その言葉に和豆の顔が青ざめた。

「待ってよ! それじゃあまるで私がなにかしたみたいじゃないのよ」

答えない雄也がじっと和豆の顔を振りかえった。

ハッと和豆の顔が変わった。

「そうなの……? あたしがここを離れるから、それをこの火の玉は非難しているの?」

「俺は知らん」

そっけなく言う雄也に、和豆は腰が砕けたようにその場に座りこんでしまう。

展開についていけない私は、まだ飛んでいるいろんな色の炎を夢のように眺めた。言われてみれば、それらは幻想的で、特に悪意らしきものも感じない。

それからしばらくして、火の玉は、闇に溶けるように消えてしまった。



「お店を辞めるのをやめた? なんやそれ」

カウンターの園子ちゃんが首をかしげるので、私はうなずいた。

「このままこのお店は継続する、ってことです」

あれから一週間が過ぎ、今日は八月十五日。世間でいうお盆にあたる日。時刻は夜の七時を過ぎたところ。園子ちゃんのお店はお盆休みらしい。