「ここにいるときくらいは、こういう食事を食べなきゃね」と、張り切って和豆が作ったのは精進料理だった。肉も魚も載っていない野菜ばかりの夕食は、なんだか心を清くしているような感覚になるから不思議。

さすが女性の心を持っているだけあって、和豆の料理もなかなかのものだった。

時刻は八時半。

「……まったく」

ようやく雄也が言葉を発した。

「こいつ、本当に怖がっているのか?」

雄也が言うのも無理はない。指さす場所には和豆が大の字になって眠っていたからだ。大いびきまでかいて熟睡状態。

「昨日眠れなかったんでしょう。私たちがいるから安心してるんだよ」

「そういうふうには見えないけどな」

あくびをした雄也が障子を開けると、窓辺に立った。

視界の端に月の明かりではない、光が見えたような気がして視線を和豆に戻して尋ねる。

「ね……火の玉が飛んでたりする?」

「いや」

「そっか」

「代わりに綺麗なものが見えるぞ。こっち来てみろ」

手招きする雄也につられて窓のほうへ行くと、遠くの町並みに無数の光がほのかに見えた。

「うわ。なにこれ」

蛍の光のようなオレンジ色の海が奈良公園のあたりに広がっている。

「燈花会だ」

「あ、あれがそうなんだ? ほんと、すごい数のろうそくなんだねぇ」

ガラスに雄也の顔が映っている。

やさしくほほ笑んでいる顔から目が離せなかった。

「燈花会は一九九九年に始まった新しいイベントだけど、古都奈良らしい催しだよな」

ガラスに映った雄也と目が合ったかと思うと、彼は言った。

「今から見に行ってみるか?」

「え?」

「見たことないんだろう? たった十日間しかないイベントだ。案内してやろう」

雄也がやさしいのはなぜ? 最後の思い出づくりのため?

それでも─断る理由はひとつもなかった。



その情景を見た瞬間、言葉が出なかった。

今、目の前に広がっている景色は、どんな言葉を使ってもうまく表現することはできない、と知った。

「綺麗だろ?」

圧倒されている私の顔を覗きこみながら、雄也が言う。たくさんの磨りガラス風のコップに入れられたろうそくが揺れている。数えきれないそれは、遠くで見たときよりも明るさを増し、大きくなったり小さくなったりする炎は波のごとくさざめいていた。