和豆がさしたのは、すぐ前にある廊下。外に面していて、大きなガラス戸の向こうには庭がある。さらにその向こう側には興福寺や遠くに東大寺が見えている。

「月の明かりかと思ったの。だけど、色が違った。なんていうか、カラフルだったのよね。恐る恐る庭のほうをちゃんと見たの。そしたら……」

言葉を区切った和豆が光景を思い出したのか、

「雄ちゃああん」

布団から出て抱きつこうとするのを雄也に片手でツルツルの頭を押さえられている。

「なにを見たのよ」

本当に怖がっているのか、と疑問に思いながら私もあきれた声で尋ねた。

「……火の玉よ」

自然に私と雄也は目を見合わせていた。

「なんだそれ」

鼻白んだ声で答える雄也。その反応が気に入らなかったみたいで和豆は、

「だってたくさんの火の玉よ。赤とか黄色とかの炎が行ったり来たりしてたの。フワフワと踊っているみたいに。それが朝まで続くの。布団をかぶってもすぐ近くで飛んでいるくらいに動く炎がわかったのよ」

と、体を震わせた。

「なにかされたのですか? 憑りつこうとされた、とか?」

私が尋ねると、和豆は首を振った。

「それはないけど、でも怖いじゃない。ここに来て以来、こんなことなかったのよ。父親がよく言ってたのよ、人の形をした霊よりも火の玉のほうが怨念が強い、って! お願い、助けてよ!」

懇願する和豆は雄也に言っても仕方がないとわかっているらしく、私の顔をじっと見てくる。

「私は無理」

即座に否定した。

「ひどいじゃないの! あたしが殺されても平気ってわけ」

涙まで流して訴える和豆に困って雄也を見た。彼なら『余計なことはするな』って助けてくれるはずだから。

なのに、隣であぐらをかいている表情を見てイヤな予感。

なぜか雄也がうっすらと笑っていたからだ。

「いいじゃないか。詩織、助けてやれ」

「は?」

「もうすぐ手葉院ともお別れだ。最後の恩返しも悪くない。お前、今夜はここに泊まれ」

ぽかん、として雄也の言葉の意味を考える。なにを言ってるの?

「あの、雄也?」

「明日はゆっくり出勤すればいいから」

そう言って立ち上がった雄也は、

「じゃ、これで」

と、去ろうとするから私の怒りは瞬間で爆発する。

「冗談じゃない! 雄也、無責任すぎるよ」

同じように立ち上がって叫んだ。

「なんで?」