そのときだった。風が入口の戸をバタンと揺らしたかと思うと、

「ぎゃあああああ!」

すぐ隣で大音量で叫ぶ和豆。

「やめてよ! 鼓膜が破けるかと思ったでしょ」

耳を押さえて和豆を見ると、体を小さくしてさっきよりも大きく震えている。

「ちょっと、どうしたのよ……?」

尋常じゃない反応に尋ねると、歯をガチガチと震わせながら和豆は、

「……出たのよ」

と、小声で言った。

「出た?」

ゆっくり視線を合わせてから和豆はうなずいた。

「そう、出たのよ……。幽霊が」

幽霊みたいな顔で言う彼に、私は開いた口がしまらないまま固まった。



あれから叫んでばかりの和豆は、私が帰ることを許さなかった。

「あたしが霊に殺されてもいい、ってこと!?」

涙まで流して言う和豆は、私に雄也を呼ぶように指示すると、この部屋に逃げこんでしまったのだ。

スマホでお店に電話をして、渋る雄也がようやくここに来たのはそれから数時間後のこと。

「幽霊なんているわけないだろ」

アホか、という顔で言う雄也の反応は予想通りだった。

「だってぇ……見たんだもの」

いつもと違って気弱に言う和豆はまだパジャマ姿だ。ここは和豆の寝室らしい。今、彼は薄い夏布団にくるまってそこから顔だけ出している。

「住職がなに言っているんだか」

雄也の反応には私も同意せざるをえない。

「もちろん幽霊なんて見慣れてるわよ。だけど、人の形をしていない霊は苦手なの! 得体のしれないものがフワフワ飛んでいるのよ。ああ恐ろしい!」

「得体のしれないものって?」

一応聞いてみる、という体の雄也に興味がないのは伝わってくる。

和豆はごくりと唾を飲みこむと、静かな声で話しだす。

「あれは……たしか日付が変わったころよ。夏というのにどこか涼しい夜だったわ」

「テレビ番組のナレーションかよ。普通に言え」

「なによ、ほんと冷たいんだから……」

ふてくされたような和豆の横には、空になった食器が。どんなに怖くても食欲はあるらしい。

「あたしね、おトイレに行ったの。あ、小さいほうよ。けして大きなほうじゃないの」

「どうでもいい。続けろ」

「もう……。それでね、廊下を歩いていたの。寝ぼけ眼でふと、気づいたの。『あれ? なんだか空が明るいわ』って」