「穂香ちゃんがいつ戻って来てもええように、あの場所でずっとやりたいんや。店の場所が変わってしもうたら、穂香ちゃんと永遠に会えなくなる、って思ってるんちゃうかな」
やさしい言いかたが、雄也を見守っているように感じた。
ああ、私は自分のことばかり……。
「それにしたって、相談くらいはするべきや。それに、常連であるうちらにもひと言もないのはあかんな」
うつむいてしまう私を擁護してくれながらも、だけど、『許せ』と彼女は言っているように思えた。
それができるかどうか、まだ私にはわからなかった。
お店がなくなるかもしれない。
そのことがわかって以来、なんだか落ち着かない日々が続く。
雄也はあれ以来、その話は避けているよう。いや、もともと口数も少ないから私が尋ねなければなにも話さない人だし、彼は普段と変わりがない。
意識しているのは私のほう。
八月八日というゾロ目の今日も、特にそれに言及することもなく、必要最低限の会話しかないままピーク時間は終わった。
日課である手葉院へのお届け物。最近はため息と一緒に運んでいるわけで。
「和豆—!」
『さん』をつけることもなくなっているこのごろ。
なぜか和豆の姿が裏口に見えない。いつもごはんを楽しみにしているのにおかしい。
と、奥から、ズル……ズル……と音が聞こえてくる。布が床をこするような音。
「わ、和豆?」
廊下の向こうを見るけれど薄暗くてよく見えない。
「詩織ちゃん……」
この声は間違いなく和豆だ。ようやく姿を見せた彼を見て驚く。
「ちょ、どうしたの!?」
這いつくばるようにしてこっちにゆっくり向かっているのだ。いつもの作務衣じゃなく、ピンクのハートが無数に描かれたパジャマ姿だ。
ようやくそばまで来ると、和豆は私の手をつかんですがるように言った。
「……助けて」
「具合悪いの? 風邪?」
見ると小刻みに震えていて、なんとか上がり框に座るが顔色もすごく悪い。
だけど、首を振って和豆は否定する。
「じゃあどうしたの? お腹痛いの?」
それでも何度も首を横に振り続ける彼に、せっかちの私はしびれを切らす。
「はっきり言ってよ。わかりにくい」
「なによ、少しくらいやさしくしてくれてもいいじゃないのよ」
「だから聞いてるでしょ。どうしたの、って」