盆地の夏の暑さはすさまじい。
溶けそうにうだるような暑さが連日続いていて、それを身をもって体験しているところ。
山に囲まれた土地に熱気が閉じこめられて、このまま永遠に暑いのではないか、と思うほど。
手葉院の長い階段は、苦行のように体から力を奪ってゆく。
毎日、お店のそばにあるこのお寺に食事を運んでいるけれど、未だにその意味がわからない。特にお世話になっているわけでもないのに、なんで和豆のためにこんな苦労しなくちゃいけないのよ。雄也が仏様を信じているとはとても思えないし、ひょっとしてふたりはデキているとか?
愛を語り合うふたりを想像して思わず身震い。
ようやく階段を上り終え、短い参道から裏口に足を向けようと思ったときだった。
「あら、そうなの? イヤだ、うふふふ」
野太い、いや、オカマっぽい和豆の笑い声が聞こえて足を止めた。
見ると、裏口からスーツ姿の男性がふたり出てきて、ペコペコ和豆に頭を下げている。
「じゃあ、またお伺いしますので」
年配と思われるスーツの男性がそう言うと、
「本日はありがとうございました」
隣の若手スーツが勢いよく腰を折った。
「いつでも来てくださいな。特に、そっちのアナタ」
クネッと和豆に指をさされたのは、若いほうの男性だった。
「あなたなら、夜に来てくれてもいいのよ。おもてなしするから」
「あ、あははは」
引きつった笑いの男性に和豆が、
「イヤだ、冗談よ冗談。おほほほ」
と、目だけは真剣なままで笑う。絶対に冗談じゃない。
まるでホラーのような光景。
実際、逃げるように早足ですれ違った男性たちの顔は恐怖にゆがんでいた。
私に気づいた和豆が、
「ちょうど良かったわ。お腹がすいたとこよ」
と、ウインクしてくる。
「一般人をからかわないこと」
と忠告してからお盆を渡す。
「あら、聞かれてたの? でもあの子、おいしそうじゃない?」
舌なめずりをするその姿は、ホラーというより妖怪っぽい。被害者になるかもしれないスーツ姿が階段に消えてゆく。もうここに来てはいけないよ、と心で念を送っておいた。
「誰なの?」
「市役所の人たち。すっごくいい話が現在進行形で進んでいるのよぉ」