「ええ。今日退院できたんです。急いで家に向かっていたら、店主さんに会って」

と、雄也を見た。

「ふん。ただの偶然だ。料理の知識はありそうだから、遅いおまえらを待っている間に作らせたんだ」

ギロッとにらんでくる。

雄也のイヤミも、竜太さんにはどうでもいいことらしく、さっきからずっと、千鶴さんから目を離さない。

そうして、彼は言った。

「僕のために料理を?」

「はい。なかなかお披露目できる機会がなかったんですけど、入院中に考えていたんです。退院したら食べず嫌いが治るようなお料理を作ろう、って」

「僕の……ために……」

さっきと同じ言葉は、まるで自分に向かって言い聞かせているようだった。

よれよれのシャツの袖で涙をぬぐった竜太さんは、千鶴さんの両肩に手を当てた。

そうしてから迷いのない目と口調で告白する。

「千鶴、僕と結婚しよう」

心の底から願っている想いが言葉になったのだ、と伝わってきた。

「竜太さん?」

「僕と一緒に生きてゆこう」

涙声で、だけど力強い口調に千鶴さんは困惑した顔をした。

「でも、竜太さんは自由が好きな人じゃないですか」

「うん」

素直にうなずいた竜太さんが歯を見せた。

「きみといる自由が好きなんだよ。きみがいる人生が好きなんだよ。だから、僕と結婚しよう」

「……竜太さん」

千鶴さんの目からも涙がひと筋流れた。



ふたりが帰ったあと、片づけをしている間に夕方になっていた。

『今日が、おふたりにとって・新しい一日・でありますように』

私の願いをこめた言葉にふたりが見せた笑顔は、晴れ渡る青空のようだったっけ。

五時を過ぎてもまだ明るい空には入道雲が形を変えながら浮かんでいる。

残業になってしまったけれど、まだお腹のあたりが温かいまま私まで幸せな気持ちが続いていた。

プロポーズを受けた千鶴さんは、竜太さんに支えられて家に帰っていった。今ごろ、ふたりで結婚式の計画を立てているのだろう。

「千鶴さん、幸せそうだったなぁ」

ぽわん、とした声になってしまう。

あんなふうにプロポーズされたら女性はたまらないだろうな。

ようやく片づけが終わってお茶を飲んでいる雄也は聞いているのかいないのか、素知らぬ顔。

「でも、失踪したんじゃなくってよかった」