たしかに、別茹でしていなかったのだろう。すっかり味噌の色に染まってしまっていた。

「次は軟白ずいきだ。大和野菜は素材の味こそが醍醐味なのに、味の濃いクリームソースなんて邪道だ」

ふん、と鼻息を出して言う雄也が信じられない。

なに言ってるの、この人?

「最後はこのキス。今が旬の魚にヨーグルトソースなんてかけたらせっかくの素材の良さが半減しちまう」

そう言ってから雄也は「つまり」と、言葉を続けた。

「店に出すメニューとしては、全部失格だ」

ぽかーん。

私だけじゃなく竜太さんの時間まで止まってしまった。

「意味がわからないよ。なんでそんな料理を竜太さんに食べさせたわけ?」

全部食べろ、と命令しておいてそれはないんじゃない?

混乱している私の向こうで竜太さんは首をかしげた。

「でも……」

「なんだ?」

「魚の生臭さがまったくなくて、いつもよりおいしく感じました」

自分の言葉にうなずきながら竜太さんは言った。

「……そうか」

短く言った雄也の表情が少しだけ緩んだように見えたのは気のせい?

「ねぇ、説明してよ」

これじゃあなんのことだかさっぱりわからない。自分で作っておいて『失格』とか、ありえないし。

「まだわからないのか。これは竜太が苦手な食材をおいしく食べられるように考えてある料理なんだよ」

「あっ……たしかに」

空になったお皿を見つめて竜太さんが目を見開いた。

「魚の中に入っている緑黄色野菜のおかげで、栄養もたっぷりだ」

「へぇ。雄也さんありがとうございます」

感心したように少しだけ笑った竜太さんに、雄也はもう表情を元に戻して言った。

「作ったのは俺じゃない。俺はそんなめんどくさいことはしない」

「雄也さんじゃない? それって─」

湯呑を持ち上げたまま動きを止めた竜太さんが私を見たけれど、ぜんぜん私にもわからない。

すると、雄也は奥の戸に向かって声を出す。

「出てきていいぞ」

「ええええ」

声を出したのは私のほう。誰かが奥にいるってこと?

静かに戸が開き、そこにいたのはエプロンをした背の小さな女性だった。

丸メガネで照れくさそうに笑っているその人は、千鶴さんだった。

「千鶴……」

真っ先に声を出したのは竜太さんだった。厨房の奥に立っている千鶴さんを信じられないような顔で見ている。